ナイスミドルになりたい

松本孝行が思っていること、考えたことなどを書きます。アゴラや自社サイトにかけないだろうなーっていう話題がメインです。

サラリーマンよりフリーランスこそ副業を持つべき

surftrip.hatenablog.com

ちょっとこのエントリーに書かれていることとは違うのだけれども、「自分で飯を食う」というのはなかなか難しい。上記ブログにも書かれているが、サラリーマンもしくはそれなりの企業に入れば、メシ自体は食える。ただ、フリーランスはそうは行かない。仕事を得て食っていくにはなかなか大変だ。

個人的に自分でメシを食うということを考えると、フリーランスこそ副業をすべきだと思う。特に代理店などのつながりがないのに独立した人ほど

フリーランスには3つの収入の柱が必要

よくフリーランスで言われていること、中小企業などでも言われていることだが、収入の柱を3つ持っておくと良いと言う。なぜかと言えばこれはリスクヘッジだ。一つの仕事がダメになって収入が途絶えても、その他2つの仕事で耐えしのぐ事ができるようになり、長く続けられるようになるからだ。

フリーランスや中小企業の場合はどうしても大手の下請けという収入がメインになるので、収入の柱が一つになりがちだ。収入の柱が一つになってしまうと、そちらがダメになったときに倒産・廃業は避けられない。さらに取引先も「うちがダメになったら、あんた困るだろ?」と、足元を見て取引条件を悪化させてきたりする。

なので3つの収入の柱があれば、こういったリスクを回避できるわけだ。最近では3万円の仕事を10個持て、なんていうのもあったがこれもまさにそういうことだ。リスクヘッジすることで発言力も増すし、仕事がダメになったときの融通が利くのだ。

フリーランスも副業があればそれで食っていける

フリーランスでそれなりに稼いで食って行けている人たちの多くは、大企業の代理店などとのつながりがあったりする。私の周りでもウェブデザイナーやコーダーは代理店の仕事をこなすことで、うまく食って行けている。月額50万前後くらいは稼げるレベルになっている。

フリーランスになるならば、絶対にこういった「太客」を得ておく必要がある。ただ、中には私のように何もなしに独立する人もいるだろう。ただ単に貯金を浪費していくばかりという人もいるかと思う。仕事を持たずして独立すると仕方ないことだ。

しかしここで副業があれば気持ちはだいぶ楽になる。副業で食っていければ、フリーランスとして、直取引の相手を探す余裕も出てくるだろう。もちろん副業に頼り切りにならないようにしなければならないが、それでも貯金を食いつぶすだけよりも、取引先を見つけられる可能性は高くなる。

実は私もフリーランスでありながら、副業で仕事をしているような状態だ。実際は自分で望んでやっているわけではなく、友人からお願いされて精神障害発達障害の方向けのパソコンの講師をしているのだが、これがそれなりにお金になっているのだ。もしこの収入がなければフリーランスとしてやっていけないだろうと思う。

副業+フリーランス収入という新たな働き方

別にフリーランス収入だけで稼がなければならない、というわけでないだろう。フリーランスの収入が15万円、副業が8万円あれば23万円の収入になる。うまく節税をすれば可処分所得は20万円くらいになるだろうから、十分やっていけるだろう。ウェブ系などは特に。還付金というボーナスも得られる可能性だってある。

こういった働き方と言うのは今後増えていっていいのではなかろうか?副業と言うとどうしてもサラリーマンの土日の副業というイメージが強かったが、フリーランスでも副業はできる。フリーランスのほうがサラリーマンよりも副業という柱を持っておいたほうがいいのかもしれない。

ちなみに私はパソコン講師という実業のウェブマーケティングに近いところで仕事ができている。フリーランスが副業をする場合は実際の仕事に近いところで仕事をする方が良いだろう。そのほうがシナジー効果を生めるはずだ。だいぶ働きやすいと思う。

私個人としては将来的な展望もあるので、このままフリーランスで行くことはないと思うが、フリーランスでずっと働きたいという人は副業もしつつフリーランスをしてみてはいかがだろうか。特に今から独立する人はフリーランス+副業という働き方を、考えてみてほしいと思う。

【映画】ニコラス・ウィントンと669人の子供たち「子供のために、次の世代のためにできることを」

確かTwitterで知ったと思うのだが、この終戦記念日近辺では戦争の話が多くなる。まぁ先の戦争である太平洋戦争のことなのだが、そこで起きたことは多くの人が知っている。ただ、次々に知らなかったことというのがまだまだ出てくる。その一つがニコラス・ウィントンについての話だ。

tv.rakuten.co.jp

チェコから遠く離れた海外に我が子を送る親たち

何をした人なのか?っていうと、子供をたくさんイギリスに送った人だ。戦争が始まる前、チェコスロバキアはドイツに占領されてしまう。占領される前から第二次世界大戦が始まるまでの間、ニコラス・ウィントンは知人が行っていた人道支援を手伝っていた。

その人道支援活動の中、多くの親が海外に逃げたいと相談に来ていたのだが、海外に移民として逃げるとしても、なかなか受け入れ先が見つからなかった。それならと子供だけでもと考えて、ニコラス・ウィントンに訴えた。

彼はその思いに答えようと様々な国に打診し、母国イギリスからOKの返事をもらった。その後子供を何度かに分けて最終的に669人も海外避難させることに成功したのだ。その活動から「イギリスのシンドラーと呼ばれていたりするそうだ。

ニコラスが子供を送らなければ、親と一緒に強制収容所ガス室で殺されていたであろう人たちも多く、彼の活動によって多くの命が救われた。そして新しい家族・命も生まれた。イギリスから勲章をもらったりもしているそうだ。

ニコラス・ウィントン - Wikipedia

ロールモデルでありバトンを繋いだ人

このドキュメンタリー映画を見るとわかるが、ニコラス・ウィントンはまさにロールモデルと呼ぶにふさわしい人だといえるだろう。ロールモデルとは簡単に言えば「この人のようになりたい」と真似したくなる人のことだ。

個々人によって考え方も違うし、憧れる対象も違うのでロールモデルは一つではない。ただ、ニコラス・ウィントンはロールモデルになる人としてまさに「背中を見せる」ということが完璧に出来ている人のように思える

例えば会社に上司や先輩がいても、憧れる対象に簡単になるものではない。周りの人から「あの人すごいんだって」と聞いてもすごいと感じない場合も多い。ただ、何らかの実績や実行力を見せつけられた時、そしてそれをその人が当たり前のようにこなしたときに「あ、この人すごいな」と思えるのではなかろうか。

ニコラス・ウィントンはこのような偉業を成し遂げたことを妻がノートを発見するまで一切話していなかった。自慢していなかったのだ。そして周りの人たちがノートを頼りに調査し、そして逃した子供達を見つけ出したのだ。自分を大きく見せない・自慢しない、しかし実績をしっかりと残していたからこそ、周りが評価したわけだ。

くわえて彼の行った行為は多くの人に語り継がれ、そして多くの人が自分でできる人道支援を考え・実行する影響力を持った。子供はたったひとつの洋服やアクセサリーを送るだけかもしれないし、大人は途上国に言って教育をしたかもしれない。それぞれにできることをしたのだ。

まさに私が座右の銘にしている「人生は後の世代にバトンを上手に渡すこと」を実行した人なのだ。私にとって、目指すべき高みにいる方でもある。

楽天さんありがとう

というわけで感動の実話物語であるニコラス・ウィントンのドキュメンタリー映画なのだが、これが楽天TVというサイトで見つかったのは幸いなことだ。私は楽天のことはMVNOで嫌な思いをしたことから、好きではなかったのだが、今回ばかりは感謝しかない。

楽天は嫌い、Amazon最高という人も多いだろうが、今回は楽天TVで見てみてはいかがだろうか?

tv.rakuten.co.jp

VALUはなぜ売買できるVAと言うものを用いたのか?

VALUの問題が炎上中です。ちなみに私もVALUやってて、売り出してるんですが一人も買ってくれません。まぁそりゃ普通の人間のVAなんて買いたいとは思わないわな(笑)で、そのVALUで起こったユーチューバーの問題をやまもとさんがわかりやすく解説してくれている。

news.yahoo.co.jp

そもそもの話として、VALUは「頑張っている人を応援する」ということを理念にしていたはずだ。であれば今の仕組みでなくてもカンパだとかクラウドファンディングとかみたいな形でも良かったはずだ。にも関わらず売買可能にしたのはどうしてなのだろうか?

売買可能にした場合のメリットとは

お金を振り込むというようなことではなく、ある人が発行したVAをVALU内で買うという方法にしたのは当然メリットはある。

まず一つはVAを売買可能にすることによりリスクを回避することができる。例えば最初は大丈夫かなと思ってカンパした人が変なことをしだしたとしよう。カンパだからお金を返してくれなんて言えない。結局泣き寝入りだ。

しかしVAを購入するのであれば、例えば変なことをして「この人はやっぱり応援したくないな」と思えば、VALU内で売却することができる。他に欲しい人がいればという条件付きではあるが、売却することができればリスクを回避できる可能性はあるだろう。

二つ目として応援したいと思った人がより高い評価を得られる可能性があるということもある。例えば自分一人でカンパするなら自分の財布から出せる金額を考えるだろう。しかし他の人も応援したいと思っていて「よりこの人を応援するのに適した金額」というものに近づく。

1000円かと思えば、他の人は2000円払うとしたら、その人の応援金額は2000円と自分がカンパするだけに比べて高い評価がつくわけだ。となれば他の人もカンパするよりも高い金額で応援してくれるだろう。VAを発行する「応援される側」にとっては良い仕組みだと思う。

頑張っている人を応援する仕組みになっているか?

こういったVALUの仕組みでメリットもあるわけだが、だからといってじゃあ最初の理念通り「頑張っている人を応援する」というサービスになっているかというと、今回の件もそうだがなっていないわけだ。悪用されるし、知名度の高い人にお金が集まっていっている。

こういう状況を運営側・開発者の人々は良いと思っているのだろうか?思っていないのであれば、もう一度初心に戻って「頑張っている人を応援する」ための仕組みづくりをして欲しいと思う。もちろん、世の中には悪い人もたくさんいるわけで、そういう人たちの考えそうなことを先回りして潰して欲しいと思う。

意外に私はVALUについては応援したい気持ちのほうが強かったりするので。

【映画】ローサは密告された「我々とは違う日常を描いた作品」

またまたアゴラの渡さんが紹介していた映画を見てきた。「ローサは密告された」ミニシアター系で、60席がパンパンになるくらいだった。多くの人が期待していたのかもしれないし、お盆だったからかもしれない(笑)

agora-web.jp

この映画はいわゆるエンターテイメント映画ではない。映画といえばアクションのように爽快感が会ったり、ヒューマンドラマのように感動があったりするだろうが、そういうものも特にない。ただただ日常と言うものを表しているのだ。

あなたの日常≠他人の日常

そもそも日常というが、人によって日常ってまったく違うわけで、ローサの住んでいるフィリピンと日本ではまた違う。フィリピンでも都市部で金持ちが住むところと、下町で一般の人達が住むところでもまた違う。 自分の持っている日常という常識がいかに狭いものかを教えてくれる。

この映画ではローサは売店を表では経営しているが、裏では禁止薬物の取引をしているのだ。そしてそれを近所の人達の多くは知っている。だから覚せい剤と引き換えに食料をもらう、なんて言うことも当たり前にしているのだ。

そしてもう一つが警察の仕組みだ。警察は捕まえてきて裏取引を迫る。お金をよこせ、もしくはさらに大物の売人を密告しろと。いわゆるチンコロと言うものを強制するわけだ。密告したらその警察はさらに大物を逮捕でき、そこでお金を要求することもできるし、捕まえて手柄にすることもできる。

このような腐敗した警察というのもまた、フィリピンでは日常であるということなのだろう。我々が過ごしている日常というものが、いかに狭い範囲のもので、さらにこのような日常は当たり前ではないということを教えてくれる。

特に盛り上がりもないし、展開もゆっくりしている映画ではあるが、ローサの日常を通じて生きるということを教えてもらった気がする。

牛乳石鹸のウェブCMはストーリーのあるAVと同じようなもの

pokonan.hatenablog.com

はてブに上がっていた上記ブログで知ったが、牛乳石鹸のウェブCMが議論になっているという。このブログの方は有名な方のようで、最近だとサントリーのウェブCMについても言及しているし、新宿ルミネのウェブCMにも言及して、炎上の元になっているようだ。

影響力のあるインフルエンサーアルファブロガーの方ということでいいと思うのだが、牛乳石鹸のウェブCMについては正直解釈が私とは違う。私も3分近い動画を見たが、おそらくこれは映画のような演出をしたかったのだろう。それも石鹸をツールとした映画のようなものを。

家族第一=現代=ボディソープ、仕事第一=過去=石鹸

まずこのウェブCMは牛乳石鹸をPRするためのツールである、ということを大前提として考えてほしい。牛乳石鹸をPRするために作られたもの、という大前提を置いた上で考えると、下記の公式が当てはまる。

家族第一=現代=ボディソープ、仕事第一=過去=石鹸

そもそも石鹸と言うものは古いもので、今はなかなか石鹸を使う人は少なくなった。昔はボディソープなんてなかったから当たり前のように石鹸を使っていたが、今はボディソープが出てきた。便利だし、泡立ちもいいから多くの人は石鹸からボディソープに乗り換えている。

つまりボディソープを使っている人に「石鹸も悪くないから使ってみたら?」と、石鹸のシェアをボディソープから奪わないとだめというわけだ。そのためにはどういう風にPRすればいいだろうか?どう石鹸の良さを世間に知らしめればいいだろうか?

そう考えたときに、広告代理店のプランナーが仕事と家庭と言うものと結びつけたわけだ。今は家庭第一で家族のために働くというのが当たり前になっている。しかし昔は家庭のために働くが、それはお金を持って帰るためであり、残業も厭わず仕事をするのが当たり前だった(とされる)。

今は家族第一が大切で、家族第一が正しいって言われているけれども、それは本当に正しいの?昔の父親がやっていた、仕事第一っていうのは間違っているの?と、ふと自分の中での考えが揺らいだのだ。で、昔のサラリーマンのように家族よりも仕事を優先してみたというわけだ。

家族を優先=ボディソープと考えると、仕事を優先=石鹸と考えられるので、たまにはそういうのもいいのかも?と思わせようとしたのだろう。

ストーリーのあるAVと同じような表現をしたかった?

おそらくだがこの牛乳石鹸のウェブCMを作ったプランナーは、自分のプランナーとしての「良いストーリーを作れる」という能力を自慢したかったのかもしれない。もしくはストーリーを作って何らかの言いたいこと・主張したいことがあったのかもしれない。

あえてこのようなストーリーCMを作り、しかも深読みさせる映画のような手法を用いているということはたまに見かけることだ。例えば男がよく見るAVでも、よくわからない恋愛的な要素を持つAVというのはある。溜池ゴロー監督が作るAVなんかもストーリーがあるし、全部含めてあの方は有名になったとも言える。

ただ、多くのユーザーにとってはAVのストーリー部分は大して重要じゃない。9割くらいの人はそんなところは早送りで飛ばしてしまう。なので、ごくごく一部の人にとってストーリーは大事なのかもしれないが、多くの人にとってはどうでもいいものだ。でも自分の作品の中で表現したいと思うのも、プランナーとして当然だと思う。

単に商品のPRをするだけのCMを作るなら、商品の名前と商品の特性を紹介すればいいだろう。ただそれでは誰でもできるし、プランナーとしての自分を示すことはできない。となれば、自分らしさをアピールしようとするのも当然だ。ストーリーのあるCMを作って、自分の存在をアピールしているとも言えるだろう。

単調なストーリーでも見せることはできた

この牛乳石鹸のウェブCMで主張していること、つまり昔の仕事中心だった家庭の話しと言うのは別にこのようなやり方でなくても表すことはできる。例えば三丁目の夕日のようなシーンを取って、そこでお風呂に入って石鹸を使っている回想シーンを入れたらいい。そうすれば「たまには使ってみるか」というように、石鹸をPRできただろう。

簡単に誰でも思いつくようなストーリーだし、多くの人が誤解することなく受け止めることができる内容だ。しかしそれをあえてしなかったということは、やはりウェブCMを作った監督・プランナーが自分らしさを出そうとした、個性を出そうとしたと考えるのが自然ではなかろうか。

ただ一つ言えることはこのウェブCMはバッシングに値するような差別的な表現もないし、何も世間一般で批判されるような内容ではないということだ。最初に取り上げた方のように、単に嫌いという人はいてもこれを社会一般として批判する部分はないということは強調しておきたい。