ナイスミドルになりたい

松本孝行が思っていること、考えたことなどを書きます。アゴラや自社サイトにかけないだろうなーっていう話題がメインです。

仮想通貨?私にとってメリットがないので買いませんし使いません

仮想通貨、流行ってますな。ビットコインがほとんどだと思うけれども、仮想通貨は個人でも発行できるということもあって、様々な企業が仮想通貨業界に乗り入れようとしているようですな。

mainichi.jpwww.yomiuri.co.jp

さて、この仮想通貨のブームが加熱する中、貯金が主流で投資をほとんどしないという日本人の主流派はどうすべきなのか?仮想通貨を購入するべきなのか?(ここでは技術的な話は私も技術者ではないのでしない。)

一般人は仮想通貨に手を出さない方が無難

結論としてはビットコインイーサリアムリップルなどの仮想通貨に手を出さない方が無難だ。

そもそも、なぜ仮想通貨に多くの人が熱狂しているのか?ひとえに仮想通貨の価値が大きく上がっているからだ。仮想通貨はその性質上、為替と同じように価値が変動するようになっている。欲しい人が増えれば価値が上がり、欲しい人が少なければ価値が下がるという魚市場のセリやオークションと同じような仕組みで値付けされている。

今、多くの人が「仮想通貨は価値が高いぞ(=高いお金を払ってでも手に入れるものだ)」と考えており、そのためにドンドン価格が上がっているわけだ。価格が上がり、それをだれかさらに高い値段で買ってくれたら、購入した金額よりも高く売れるので儲かるというわけだ。

1990年代を生きてきた人は「それってバブル時代の土地と同じやんか…」と感じるだろう。実際、値上がりを期待して多くの人がビットコインを始め仮想通貨を購入しており、仮想通貨を使って生活を便利にしようと考えている人はほとんどいない

なぜ仮想通貨は生まれたのか?

根本的なお話として、なぜ仮想通貨が生まれたのか?

仮想通貨といえばビットコインが始まりで、ビットコインは「インターネット世界の共通通貨になるだろう」と考えられていたようだ参考)。みんながネット上でビットコインを使って決済し、ビットコインでサービスを受けるようになればと考えていたのだ。

色々な解説を読んでみたが、このビットコインがインターネット世界の共通通貨になることで、我々にどのようなメリットがあるのか?大きなメリットはほとんど示されていなかった。が、一応メリットとしては下記のようなものがあるとされている

個人間での直接送金

仮想通貨の口座から仮想通貨の口座へ、直接送金することができる。

銀行などの金融機関を通さなくていいというけれども、それならペイパルでいいじゃない?と言うようなイメージ。それに銀行の口座を通さないメリットがそこまで大きいとは思えない。

手数料が無料か格安

送金における手数料が無料もしくは安い。これはありがたい。銀行間取引もしくは海外送金なんかはかなり時間もかかるし手数料もバカ高い。ちなみに楽天銀行の海外送金は下記のとおりになっている。3万円を日本からアメリカに送った場合、4500円も取られる。高いねぇ。

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とは言えこれが仮想通貨でしかできないか?というとそうではなく、MFICの場合は即時決済で0.6~3.5%の手数料となっている(参考)。銀行を使わない、仮想通貨でなくてもこのような方法もあるのだから、仮想通貨だけのインパクトあるレベルとは思えない。

監視や制限が存在しない

銀行による様々な手続きなどがなくていいというのはプラスの要素だと思うが、そこまで大きなメリットとも言いづらい。もう一つ、通貨の単位を揃えられるというメリットもあるが、通貨の単位が揃うことによるメリットがそこまで大きなものなのだろうか?

少なくとも個人で利用する場合に大きなメリットには感じられない。

盛り上がるICOも起業家に対してはメリットが

もう一つ仮想通貨を自ら発行するICOInitial Coin Offering)はトークンと呼ばれる仮想通貨を独自に発行し、それを支援者が購入する仕組みだ。

例えば私がICOトークンを発行し、1つ0.00006BTCに設定してICOするとしよう。このトークンを何人かが買ってくれたら、私の懐に仮想通貨が入ってくる。トークン一つで「松本と10分話せる権利」と交換できるとした場合、今それに価値を感じる人は少ない。

しかしピコ太郎くらいまで、私が大物になればこのトークンは高い値段で売買され始める。0.00006BTCが0.6BTCで売れるようになるかもしれない。企業であれば、企業の価値が高くなればどんどんトークンの価値も上がっていくわけだ。結果、早めにトークンを購入しておけば、場合によっては高く転売もできる。

が、逆に言えばそのICOトークンを買ってお金を払ったのに、まったく何もプラスにならないこともある。そのまま倒産することもあるだろう。そうしてトークンの価値がゼロになって、支払ったお金は返ってこない。これを計画的に行う企業や人もいて、詐欺に使われることが懸念されている。

まだまだ大きな課題を抱えているので、一般人はICOも手を出さない方が無難だろう。

あなたは仮想通貨を何に使いますか?

最終的に仮想通貨を持つかどうかは個人の責任で決めることなので、この流れに乗りたい!という人は別に止めるつもりもない。

ただ、仮想通貨に興味がある人は一度「仮想通貨を何に使うか?」を考えてみて欲しいと思う。今の仮想通貨は使い道も少ないし、ほとんど値上がりを期待して持つ人が大半だ。ギャンブル・投棄として買うのではないというのであれば、何のために使うつもりなのか?一度考えてみたらいい。

ちなみに私は仮想通貨のメリットがほとんど見いだせないので、買うことはない。

ドキュメンタルに見る笑いを取る最終手段としての「下ネタ」

ドキュメンタル、アマゾンプライムで見ることができる松本人志プレゼンツの番組だ。10人の芸人が笑わせ合う、笑ったら負けというシンプルなルールの番組だ。最終的に10人の中から1人になった一人が優勝ということになる。

ドキュメンタル

さて、この番組を見ていて思うのはどんなに芸人として何年も活躍している人でも、最終的には「下ネタ」に走るということだ。特に吉本の笑いは下ネタに走りやすいようだ。これ、多分芸人だろうがユーチューバーだろうが、最終的に追い込まれたら下ネタに走るんだろうね。

なぜ下ネタに走るのか?

そもそもなぜプロの芸人さんが下ネタに走るのか?テレビでは漫才やコント、エピソードトークなどを行って笑わせるだけの腕がある芸人さんが、最終的に相手が笑わない場合に追い込まれて下ネタに走る。

おそらくだが、誰もが笑う最大公約数の笑いという意味での下ネタを選んでいるのではなかろうか。トリビアの泉でも笑いを研究しているという教授や科学者たちが集まり、最終的に出た結論が下ネタに走るものだった。まぁだいぶ軽めの下ネタではあるが。

トリビアの種No.037 「人が笑うという行為」を学問として研究している人達が作る1番面白いギャグは「青年の主張で性欲の強さを主張する」(番組評価 満開)

つまり下ネタというのは科学的に突き詰めても、多くの人が面白いと思う笑いの基本であり、笑いの種なのだろうと思う。だからこそプロでも練ってきた笑いが受けないとなった場合に、最終的に受けやすい下ネタに行くのは当然のことだろう。

追い詰められた人はどうなるのかという実験場

ドキュメンタルは下ネタばかりなので嫌になる人も多いだろう。だから最初に気分が悪くなる場合があると注意書されているくらいだ。レビューにも下ネタばかりに走るのはやめておいたほうがいいというように書かれていたりする。

確かに下ネタばかりに走っているのはそのとおりだ。しかし笑わない相手を時間内に笑わす、自分が笑う前に笑わせるとなると、どうしても下ネタ中心になってしまうのは否めない。例えば視聴者を笑わせるためにとなると、下ネタ以外の方法が取られるようになるだろう。

ドキュメンタルは別に一番面白い人を決めるための番組ではない。一番面白い人が優勝するのではなく、笑わなかった人が優勝する。笑わせてかつ笑わないというバランスが取れた人が優勝するのだ。だから我々は「笑わせることのプロが笑わない人を前にしたら、どのような行動を取るのか?」という実験を見せられているわけだ

そして実験の結果、多くの人が下ネタに走るということがわかった。テレビの笑いでも、おそらく相手が笑わないときに、多くの人は下ネタに走りたくなるのだろう。しかし放送コードもあるし、何よりテレビの前の視聴者が笑っているかどうかがわからないので、テレビでは下ネタが少ないということだろう。

ちなみにお客さんを本当に笑わせようとしている、我々一般人の視聴者側が面白くて笑えるものを見たいのであれば、舞台を見に行くのが一番だ。NGKやライブなどは完全にお客さんを笑わせるために存在しているし、お客さんの反応を見ながらネタをやっている。だからおそらく我々一般人が見るなら一番面白いのは舞台やライブだと思う

というわけでドキュメンタル、下ネタOKの人はぜひどうぞ♪

障害者向け就労支援で思う「家庭・家族ありき」の就労支援

障害者の平均年収や月収はいくらなの?調べてわかった驚愕の収入事情 | WelSearch ウェルサーチ

これは障害者福祉に関わってたら、ある程度常識。 個人的には就労するにも親や家庭に頼らないといけない状況はなんとかならんかなと思うよねぇ。企業に社会保障を丸投げすると、こういう弱者が救われなくなる。

2018/01/06 16:20

障害者向けの就労支援をお手伝いしている。上記のように障害者の平均年収や月収は少ないよね、増やしたほうがいいよねという気持ちはよくわかる。

まぁそれよりも実際に就労支援の現場にいて「これはなんとかならんのかな~」と思うことの一つが家庭環境によって就労支援ができる・できないが大きく変わることだ。家庭によってその人の就労が大きく左右されるのはどうにかならないかなぁと思う。

就労するために必要な生活支援がまず必要

就職して仕事をすることはさほど難しくないように我々には感じるが、障害を持つ人にとってはその前に生活支援という物が必要な場合が多い。例えば車椅子の場合は車椅子用にいろいろと生活しやすいような部屋の設計が必要だ。さらに部屋だけでなく、炊事・洗濯・掃除などを手伝ってもらう必要もある。

これが家族がある人なら問題ない。家族の支援によって、それらがクリアされるので就労もしやすい。しかし家族の支援がない場合は国や自治体の支援を受ける必要が出てくる。基本的な生活ができないという人は障害のあるなしにかかわらず、就労できないのは当然なのだ。

なのでこの生活支援が必要なのだが、必要な支援というのはその人それぞれによりだいぶ違う。ただ、国や自治体の用意している支援というのは画一的なので、その人に合った生活支援をしてもらうというのが意外に難しい。結果的に生活が安定せず、そのまま就労支援をしても結果が出ないというわけだ。

家庭環境で就労が左右されてはならない

まず国や自治体がやるべきことは家庭環境に就労が左右されないようにすべきだろう。親や配偶者、子供がいない独り身の人であっても最低限の生活はできるような支援というのが必要である。

おそらく上記で紹介したリンクでは特に書かれていないが、就労がうまくいくのは両親がいて、両親ともに障害に関して一定の理解がある場合ではないか?と思う。両親がいないもしくは障害者就労に理解がない場合など、就労がだいぶ難しくなる印象がある。

もちろん統計的なエビデンスはないので実感でしかない。逆に言えばこれは障害者就労というものが家族の協力ありきで制度設計されているとも言える。これは下記のリンクを参考にしてもらえればわかると思うが、障害を持つ子供が生まれた際、日本では両親に大きな負担を背負わせていると言える。

dual.nikkei.co.jp

つまり家族・家庭に大きく頼ってしまうと、必ず家族の誰かにしわ寄せが来てしまうというわけだ。障害児の場合はその第一候補が母親になっている。こういった家族に大きく頼った障害者支援の状況というのは正しいとは言えない。

個人的に障害者の就労支援はプラスのインパクトを社会保障に与えられると考えている社会保障をもらっていた側から、社会保障費を納める側に劇的に変える事もできるものだ。だからもっと予算をかけてもよいのではないだろうか?

障害を持つ人でもたくさん稼げるとなれば、日本全体にとってもプラスに働くはずだ。もっと就労支援がしやすいよう、どんな家庭環境の人でも就労できるようにするための生活支援が求められると思う。

アメリカのポリコレを輸入すれば日本は人権先進国になれるのか?

agora-web.jp

まさか池田信夫さんまで参戦するとは思わなかった(笑)なんせバラエティーで起こったことだし、テレビに興味はないだろうと思っていたので、少し意外だった。

ただ、池田さんが書かれているアゴラの記事を読んでいただければわかるが、これは黒人差別の問題というよりもポリコレの問題であるということが浮き彫りになってきている。つまり「アメリカのポリコレを日本に輸入することは是か非か」という問題だ。

ポリティカル・コレクトネスを輸入するとどうなる?

アゴラの記事で池田さんはこうおっしゃっている。

ポリコレのタブーは、日本でもアメリカでも不毛な対立をあおるだけで、問題の解決にはならない。その行き過ぎが、アメリカでトランプ大統領の登場した原因だった。今度はそのタブーを演出にまで広げようというのだから、萎縮効果は大きい。

この意見に私も賛成だ。仮に日本にアメリカのポリコレを輸入したところで、何らかの問題解決になるだろうか?と思う。少なくとも今回の件はアメリカ的ポリティカル・コレクトネスを一人の黒人の方が持ち込んだことによって発生した。それがネットに乗って、日本人同士の争いにまで発展している。

結局、池田さんが言うように不毛な対立を煽ってしまい、さらに新しい問題を日本に発生させただけで、何も社会的に有用で前向きな結果を産んでいない。日本国民にとっていい結果になっていない。黒人にとっても良い効果が生まれているとも考えにくい。

この件だけに限らず、アメリカのポリコレを輸入すると、まず「メリー・クリスマス」は言えなくなる。メリークリスマスと言うと、クリスチャン以外の宗教への配慮が足りないということになり、ハッピーホリデーと言わないといけなくなるのだ。ハッピーホリデーという言葉に変わったとして、どれだけ日本がよくなるのだろうか?

dic.nicovideo.jp

アメリカの常識は世界の常識ではない

この問題で多くの人が「世界は~」と言っているが、実際に世界では黒塗りをすることイコール差別であると捉えていない、というのは前回の記事で説明したとおりだ。

t-matsumoto.hatenablog.com

じゃあだれが差別だと言っているのか?といえば、それはアメリカだ。アメリカの常識として黒塗りイコール差別なのだ。下記の記事でも「世界は~」と言っている話があるが、世界として語っているのはすべてアメリカの都市での話だ。アメリカ=世界全体ではない。

 今回の事案は無理やり問題化させられたと言ったほうが表現として正しいかも知れない。アメリカのポリコレを日本に持ってきても、池田さんの言うように、争いを増やすことにしかならないだろう。そして日本人はまだまだ世界イコールアメリカという考え方が強すぎる。

アメリカのポリコレを輸入しても人権先進国になんてなれない。あるのは不毛な対立によって国民が疲弊し、トランプ大統領のようなリーダーが生まれる未来だけだ。

文脈を見ずに「差別だ」とポリコレ棒を振り回すのは自由主義を潰す

毎年恒例のガキの使い、笑ってはいけない。今年は蝶野さんのビンタがないのでは?と心配されたけれども、無事ビンタもありました。やはりあれを見なければ年を越せない(笑)

しかし今回のガキの使いでは浜ちゃんのエディーマーフィーのコスプレ(ビバリーヒルズコップのモノマネ)が「黒人差別だ!」と騒がれることになってしまった。

ただ私はこの流れにはまったく賛成しない。むしろこういう流れは自由主義を潰す、自由への挑戦だと思うので断固反対したい。

「黒塗りは黒人差別」はグローバルスタンダードではない

まず大前提として、下記のTwitterユーザーの方が調べて書いてくれているが、黒塗りは黒人差別と言うのはグローバルスタンダードではない。主にアメリカそして英国において差別であると主張する人が多い。フランスにも黒人は多いし、アジア圏にも黒人は多いが、だからといって黒塗りが差別だと言っているわけではないらしい。

つまり黒塗りは黒人差別であると全世界のコンセンサスになっているわけではない。アメリカと一部イギリスで差別と言われている。逆に下記ツイートではインドで黒塗りをする女性は差別に対抗するために黒塗りをしているそうだ。黒塗り=差別ではなく、黒塗りが差別への対抗の証になっている。

というように、単純に顔を黒く塗るという行為は世界的に見ると差別とはみなされていない。しかしアメリカではどんな理由であろうとも黒く塗ると差別と感じる人がいるということだ。ちなみにアジアでも黒塗りで批判が起こったことがあるようだが、これは黒塗りそのものへの批判ではなく、その後ろにある文脈に批判が集まったようだ。

自由・クリエイティブを守るために反論する

というわけで黒塗りは世界的に批判はされていないが、アメリカ・イギリスでは差別とされている。なので日本で差別と捉えられないと言うのはある種当然だろう。

で、私はなぜここまで「黒塗りは差別だ!」という主張に対して反論しているかというと、自由主義への挑戦だと思っているからだ。つまり自由を阻害する要因になりかねない、そう考えている。

もちろん差別はいけない。が、黒塗りそのものを差別的な行為であるとみなし、黒塗りを一切認めないという態度は自由を阻害する。文脈の中で差別する意図がない・差別する意図を感じないのであれば、批判すべきではないと思う。下記のツイートが私の考えそのものだといえる。

少し前にダルビッシュが差別的行為をされたことでニュースになったが、あれは文脈を見ても明らかに差別(よく言えば相手に「ざまあみろ!」と言いたかった)だと言える。だからこそ、多くの人が批判する声が上がったが異論反論はほとんどなかった。私もその一人だ。まぁアメリカはだいぶ厳しいなとは思ったが。

つまり侮蔑的な行為ではない行為に関しては文脈を見るべきであり、文脈を見ないで断罪するのは単純すぎるし、それは自由を阻害する。場合によってはお笑いの幅を狭めるし、ドラマや広告クリエイティブなどを狭める要因になりかねない。だからこそ私はこういった批判はまったく受け入れられない。

ダウンタウンなんてどうなったって関係ない」という人も多いのかもしれないが、ダウンタウンだけでなく、自分や自分の周りもポリコレで縛ることで幸せになるとは到底思えない。日本を「メリークリスマス」が言えない国にしたくない。

自由と公平性、それを毀損するような事があるなら、私は断固として反対する。