ナイスミドルになりたい

松本孝行が思っていること、考えたことなどを書きます。アゴラや自社サイトにかけないだろうなーっていう話題がメインです。

【感想文】電通も博報堂もみんな同じ。広告代理店はフツーの会社

 

電通の新入社員が自殺したこと、そしてその前には東京オリンピックのエンブレム騒動が起こった。電通博報堂が社会的に注目され、かつ「こいつらダメなんじゃね?」と思われた。

では実際に電通博報堂は何をやってるの?という、多くの人が誤解していることをインタビューと著者自身の体験を通して書かれているのが本書である。この本は大阪で中川さんがイベントをされた時に購入させてもらった。

電通博報堂は普通の一般企業と変わらない

ネット上の多くの人達の発言を見ていると、電通は悪で裏で糸を引いているかのようにおもうが、実際にはそうではない。本書で書かれている通り普通の会社でしかない。ただし、他の企業に比べると「お客様のため」が過剰かな?とも感じる。

このあたりは私が勤めていた商社でも同じだろう。商社も売るものがあるわけではないので、仕入先に他の商社経由ではなく自社経由で仕事を流してもらうため、お客さんに買ってもらうために得意先や仕入先にペコペコしていたものだ(私がいたところは仕入先が強かったので、仕入先への営業がメインだったが)。

お客様のため、お客様は神様ですというのはよく言われるが、これが度をすぎると確かにおかしなことになる。たとえば本書では企画を作る時、良いアイデアを出すことも大事だけれども、お客様のために誠心誠意尽くしたということ大事だという。企画会議をプレゼンテーションの直前まで行ったり、10人20人という人数でプレゼンテーションの場に行くなど…一般的な営業では考えられないことをしていたようだ。

ネット広告は目標値のコミットとフィーの確定が必要

私もリスティング広告SNS広告といったウェブ系の広告運用をしている。最近ではビッグデータを活用したBtoC系のアドネットワーク広告を販売しようと考えている。電通博報堂はこういったネット広告の世界に足を踏み入れたのだが、今までの慣習からさらに労働時間が伸びているようだ。

お客様は神様となると、お客様のために必要なことを必死になって行う。例えばリスティング広告の運用となれば、少しでもクリック単価を下げるためにキーワードを逐一動かし、クリック率の良いキーワード・広告を入れるなど、いくらでもやろうと思えば無限にできる。

そのため、24時間データを監視し、そのデータに右往左往してその場その場で対策を行ってしまうために、離れられないで長時間労働になってしまうようだ。

この気持はわかる。私もそういう経験をすることはあるが、直接取引をする場合は「目標値」と「フィー」をハッキリさせておくことでコレを回避できる。例えば「インプレッション1億」という目標値に対して「1200万円」とフィーを決めておくのだ。こうすれば1億のインプレッションを達成できるように動けば良い。

もし目標がなければ、1回でも多く表示されるようにといつもいつも改善をしなければならない。そんなことでは労働時間は減らないし効率は上がらない。今までの慣習上「御用聞き」になってしまうことから、なかなかココが進まないのも長時間労働の問題のようだ。

学生・若手社員に読んでほしい

広告業界は就職活動でも人気の業種だ。就職を考えている人は一度読んでみることをおすすめする。この実態を知った上で行くのと、知らずに行くのとでは違ってくるだろう。若手社員もぜひ読んでみて、自分なりの感想を持ってほしい。

昨今提唱されている「働き方改革」も自分たちの働き方から見つめ直さなければ、大きく変わることはないだろう。日本の、自分の働き方を考える一つのきっかけに良いのではなかろうか。

ダサさの多様化を理解できず、フジテレビは失敗した

LINEの役員である田端さんが上記のようなことをおっしゃっていた。曰く女性誌の多くが「幸せになる」よりも「他人から幸せそうに見えること」に重きを置いていること、その考え方が「ダサイ」とおっしゃっていた。私もこの気持は大変よくわかるし、同意だ。

しかし残念ながら田端さんのこの「ダサイ」という言葉は彼女たちには伝わることはないのだろう。もうこのダサイという言葉が通用する時代ではなくなったのではないだろうか。

ダサイと言われて恥ずかしかった時代

ダサイと言われて恥ずかしかった時代が誰にでもあるかと思う。年齢を重ねていくに連れ、ダサイと言われたところでなんとも思わないようになってきた。ただ、これは年齢だけではないなと思う。ダサイと言われるのは「この人は価値観が違うんだな」と思うくらいになってきたのだ。

例えば昔では考えられないが、今ではアニメやゲーム・マンガと言った趣味が幅広く認められている。一昔前であればダサイと言われ、軽蔑されることもあった。学校のクラスで言えばイケてる人たちはサッカー部やバスケ部、ダサイ人たちはオタク趣味というような区別があったように思う。

今の中学生と話をする機会はないのだが、中学の先生をしている友人に聞く、平然とラブライブのキャラクターが好きという話をしているという。昔なら考えられないが、それだけ市民権を得たということだろう。

さて何がいいたいかと言うと、いわゆる「ダサイ」と言われていたものが今では幅広く受け入れられてきたということだ。もっと言えば多様性を認められるようになってきて「自分は自分、他人は他人」という考え方が増えてきたように思う。まだまだ同調圧力もあるが、趣味の世界などではかなり多様化している。

多様化すれば何がダサイかを決められない

ダサイの反対はイケてるという価値観があるわけだが、じゃあ今はどういう趣味がイケてるのだろうか?どういう生き方がイケてるのだろうか?たぶん、そういうイケてるという価値観もかなり多様化しているだろう。

例えば子供と配偶者と3人で幸せに過ごすような生き方がイケてるという人もいれば、バブル期のようなお金をたくさん稼いでいい車に乗って高いマンションに住むという生き方がイケてるという人もいるだろう。NPOのような社会貢献をすることがイケてるという人もいる。

つまり今は何がダサイか、何がイケてるかということが多様化している時代なのだと思う。こういう時に「それ、ダサイよ」と言ったとしても、受け止める側の反応は「あ、この人はこの価値観の分からない人なんだ。違う世界の人なんだ」くらいにしか受け止められないだろう。

もちろん上記の田端さんは注意してやめさせるためにダサイと言ったわけではないのだが、それでもこのダサイという言葉が受け止める側にとって響かない時代になったのではないかと思う。

フジテレビは昔のダサイ基準で失敗している

このダサさの多様化というものを理解できていないのがフジテレビだ。最近でもアナと雪の女王でエンディングに芸能人を出すことで、大きな批判を浴びることになった。

news.nifty.com

なぜフジテレビはこのような編集をしたのか?それは「きっとこれが多くの人に受けるはず」と思ったのだろう。でなければやる必要がない。芸能人をたくさん出して、パーティー感を出せば、きっとみんな喜んでくれるはずと思ったのだと思う。

一昔前であればそれは通用したかもしれない。パーティー感をだしてワーワーと騒ぐ、それを見て視聴者も楽しむということはあった。しかし今は多様化しているのだ。必ずしもテレビに出ている人たちが騒いでいるのを見たい人たちばかりではないのだ。

特にアナと雪の女王は大半の人が知っている、有名映画であり良質コンテンツだ。テレビや芸能人に興味のない人も知っている。なのでネットしかしない人が久しぶりにアナと雪の女王を見たら、全然知らない人たちがワーワーやっている…なにこれ?と思って当たり前だ。

もちろん普通のバラエティで芸人同士でわーわーと喋るのは楽しいこともある。ただ、それは「そういう番組ですよ」「芸人同士がわーわー喋るんですよ」という番組だからこそ通用するわけで、アナと雪の女王を見たい人にしてみれば芸能人が出て来るエンディングはノイズでしかないのだ。

フジテレビはネットがなかった時代のテレビで感覚が止まっているのだろう。自分たちのパーティー感はイケてる証拠だと思っていたのかもしれない。

ダサさが多様化し、言葉の力を失った

結局、ダサさが多様化したことで、言葉の力を失ってしまったように思う。なので上記で紹介した田端さんの「その生き方、ダサイよ」と言われても、女性誌の読者からしたら「大きなお世話」「意味がわからない」と思われるのだろう。

もちろん私は田端さんの主張とかなり近いのではあるが、残念ながらもうダサイという言葉では彼女たちには届かない。もっと他の、ピッタリの言葉を見つけなければいけないのかもしれない。

 

西成が安い?もっと安くて美味しく食べられる大阪グルメ

大阪の西成を特集した記事がダイヤモンドに週一くらいのペースで上がっている。西成をかなり極端に捉えて表現しているとしか思えないのだが、今回はマイナスではなくプラスの面を特集していた。西成のグルメが安い、という話だ。

diamond.jp

西成は激安B級グルメがたくさんある、ということだがまぁ間違いではないだろう。ただ、残念ながら片手落ちだ。記事に出てくる西成の店が安いのは間違いないが、それは大阪には他の地域にも存在するからだ。

というわけで記事に出てくる西成の良いところを上回る、大阪の他地域にある店をご紹介しよう。

居酒屋1969・マキシ亭のチキン南蛮

一つ目は記事に出て来るチキン南蛮だ。550円でボリューム満点ということだったが、写真がないのでどのくらいのボリュームかはわからない。550円のチキン南蛮は塚田農場の680円に比べれば安い。しかし大阪にはさらに安い店もある。居酒屋1969のチキン南蛮はランチで食べると380円と400円以下だ。

『チキン南蛮定食&カツ丼』by hey!hachiro : 居酒屋 1969 - 北新地/居酒屋 [食べログ]

この店、結構大阪人には有名で大家族が運営している。確か8人くらい子供がいて、その家族でお店を切り盛りしてるんじゃなかったかな?お昼は安いのだ。

もう一つはさほど安い、という印象のないお店ではあるがマキシ亭というお店がある。大阪駅前第二ビルにある店だが、ここではチキン南蛮が380円だ。夜にここまで安いお店はさすがの大阪でも少ない。

www.hankyu.co.jp

ちなみに大阪駅前ビルというのは第一~第四まである30年以上前に建てられたビルで、多くの飲食店が立ち並ぶ。北新地や東梅田・西梅田からすぐという立地の良さで、梅田で安くごはんを食べられるありがたい場所である。

大ビンビール330円の七津屋・銀座屋

次はビールだ。大ビンのビールが380円で安いということだったが、たしかにこれはチェーン店では考えられない値段だろう。だいたい550円くらいするのではなかろうか?380円は大阪でも安い方だが、さらに安いお店もある。

一つが七津屋だ。おそらくここは大阪だと最安で大ビンのビールを飲める。通常350円なのだが、金曜・土曜は更に安くて330円で飲める。西成よりも50円も安い。金・土曜であれば、生中240円・ハイボール190円とこれまた安く飲めるのだ。センベロも余裕でできる。

関西女のプチ日記:「七津屋 大阪駅前第4ビル店」@大阪梅田 - livedoor Blog(ブログ)

もう一つが銀座屋だ。このお店は天満と大阪駅前第一ビルにある。ここでは大ビン330円で飲めて安いわけだが、安いだけでなくサッポロラガー赤星というレアな瓶ビールが飲めるのだ。なので、多くの人は黒ラベルではなく赤星を飲んでいる。

www.1000bero.net

ちなみにココで紹介した2店舗は立ち飲み屋だ。座り飲みで380円となると、西成の店はだいぶ安い方であることは間違いないだろう。

3000円あれば寿司と酒が楽しめるのが大阪

天王寺や難波で寿司をツマミながら呑むとなると5000円ではちょっとキツいんとちゃいます?でも、西成やったら1人5000円あれば美味い寿司に酒もそこそこ呑める。財布に優しいと思うからついつい足を運んでしまうですわ」

というように本文で書かれているが、これは明らかに大阪の値段を知らない人の書き方だ。5000円なんて高すぎる。東京だったらこれが当たり前なのかもしれないが、大阪だと3000円で飲み食いできる寿司屋は山ほどある。まぁなんばを難波と漢字で書いちゃっているところからも、東京の方なんだろうなと思う。

なんとそれらのお店を食べログがまとめてくれているので参考にしてほしい。1番有名なのは春駒寿司だろう。大人気でいつでも並んでいる店だ。その他のお店も3000円か4000円で十分楽しめる寿司屋だ。

食い倒れ大阪!!「安い」「旨い」「面白い」3拍子揃った大阪の大衆寿司店6選

たぬき食堂の激安カレーは220円!?

次にどての煮込みが入ったカレーが600円というのがあったのだが、どてカリー成るものは大阪でも珍しく、他のお店が思いつかない。というわけで安いカレー屋さんとしてたぬき食堂の激安カレーがある。その値段は220円とのこと。ちなみに私は食べたことない。

osumituki.com

最近の大阪はスパイスカレーブームなので、800円~1200円くらいのカレーがメインに成りつつあり、安いほうが珍しくなっているかもしれない。

西成の弁当・ホルモン・すき焼きは本当に安い

労働者の街である西成には「弁当屋」が数多く存在する。家庭的な弁当を提供する店が多く、全国チェーン店よりも割安、200円程度の価格帯で「幕の内弁当」を出している。

この弁当についてはまず西成を下回るようなものは大阪市内にはないだろう。唯一、スーパー玉出で売られている惣菜・お弁当の値段が近いが、さすがに200円というのはどこも提供が難しいようだ。売り切りの時に値下げしてるものであれば、まぁ対抗できるという感じだ。

スーパー玉出 弁当 - Google 検索

その他にも一串70円でホルモン串が食べられるお店、600円ですき焼きが食べられるお店などはなかなか大阪市内といえどもお見かけしないので、かなり安いと言えるだろう。

大阪はチェーン店が高く、個人店が安い

このダイヤモンドの連載は結構目を通しているが、西成ばかりを見ているためか、アラが見えることがよくある。西成ばかりにホームレスがいるかのように書かれていたが、梅田にもいるしなんばにもいる。もちろん東京にだってたくさんいるのだから、何も西成が特別ではない。

それは今回の西成グルメでも同じだ。西成のグルメが安いのはそのとおりだが、他の地域よりも最も安いというわけではない。立ち飲みや定食などで言えば、梅田やなんばにも安い店はあるのだ。

おそらくこういう勘違いをしてしまうのは東京の感覚で大阪を見てしまうからだろう。

東京:チェーン店が安く、個人店は高い
大阪:チェーン店が高く、個人店は安い

東京では上記のように個人店よりもチェーン店のほうが安い場合が多い。日高屋で飲んだほうが新橋の個人店よりも安いことは多いし、お昼のランチなんて個人店は1000円位するが、チェーン店なんて600円程度で食べられる。

それが大阪では真逆なのだ。チェーン店が600円くらいなら、500円で個人店は勝負してくるのだ。もしくは値段が同じだがサービスやボリューム、トッピングなどで勝負したりする。

この辺の商習慣の違いというのは東京基準で考えると、大阪を誤解してしまうのだろう。まぁ西成以外の大阪もぜひ取材してほしいなと思う。じゃないと、大阪が変に理解されてしまうので切に願うところである。

新社会人の皆さんへ、サラリーマンの存在意義は一つしかない

せっかくなので、新社会人の皆さんにもう一つアドバイスをしたいと思う。

私がサラリーマン時代に尊敬していた上司から言われたことで、今でもこれを自分の中で大切な思いとして持っている。まぁ他にも大事に思っている言葉や考え方というのはあるのだが。

サラリーマンの存在意義とは一体なんなのだろうか?たぶん、今は仕事を覚えることでいっぱいいっぱいだとは思うが、いつか余裕ができた時に考えてほしい。私がある人から教わったのは「サラリーマンは後の世代にバトンを渡すのが仕事」ということだった。

後輩、自分・友達の子供、孫のために…

ちょっとわかりにくいかもしれないので、解説しよう。バトンを渡すというのは後世に何を残すか?ということだ。残すものは人それぞれではあるが、悪いものを後世に残したいと思う人はいないだろう。より良いものだけを残しておきたい、そう思うはずだ。

じゃあより良いものを残すために自分はどう行動するか?を考えれば良い。サラリーマンをやっていると理不尽なお客さんや会社の意味不明なルール、能力が低い上司など、辞めたくなるような要素が満載だ。しかしそこで何か一つでも良いものを後世に残すことができればどうか?誇れる人生だと言えないだろうか。

残すものはなんでもいい。能力の低い上司がダメだというなら、出世して能力主義のルールを作ればいい。会社の意味不明なルールなら訴えて変えようとすればいい。理不尽なお客さんは場合によってはフェードアウトできるように、理不尽なお客さんとは関係のない事業の柱を作るのもいいだろう。

こうして少しでも良いものを自分の子供や大学・高校・中学の後輩、孫にまで残すために働くとしたら、それはサラリーマンとしてなかなか充実するんじゃないだろうか?目の前のお客さんやよくわからない上司のために身を粉にする必要はないのだ。

より良いバトンを渡せるようになるのが現役世代の義務

新社会人の人にということでアドバイスを書いたが、実際は現役世代というのは後世により良いバトンを渡せるようにすることが義務だと考えている。例えば親がサラリーマンで課長止まりなら子供は部長まで行く、八百屋をやっているなら、より売上を上げて子供の世代に残す、などだ。

これは私個人の考え方で、納得できない人は納得しなくても全然OKだ。ただ、人間の社会と言うのは人間が生まれてから今まで、様々な人たちの犠牲の上に成り立っている。そしてその犠牲になった祖先の人たちが暮らしが少しでも便利になるよう、長生きできるよう、人生を楽しめるように活動してくれていた。

そういった大きな人類の流れの中にいると考えれば、現役世代で働く人たちも10年後100年後1000年後の人類がより良い人生を歩めるようにしてあげることは重要ではないだろうか?

何だか大きな話になってしまったが、サラリーマンとして働く新入社員の方々は少し視点を変えてみよう。特に辛くなったときは後輩・後の世代のことを考えてみてはどうだろうか?

新社会人よ、実家に住め!親を頼れ!

新社会人の皆さんにアドバイスをするような投稿が結構多い。まぁ4月1日はエイプリルフールでいろんなウソ投稿が出て来るし、4月には新入社員が出てくるから、そういう人たち向けのアドバイスをしたくなる人が多いのだろう。

せっかくなので私の方からもアドバイスを。もう働き始めて10年以上になるので、そこで感じたことや周りの状況、自分の状況などを分析した上でのアドバイスだ。新社会人の皆さん、実家に住んだほうがいいです。親に頼ったほうがいいです。

親や親戚を頼らないと生活が苦しくなる時代

この投稿はアゴラにてライフネット生命の岩瀬社長が投稿していた記事を見て、「あ、これは一言言っておかないとな」と思い、書くにいたった。

agora-web.jp

この記事の中で最後の項目に「親から経済的に自立しよう」とアドバイスしている。経済的に自立するというのは一人で生きるという意味でも、この世知辛い世の中を生き抜いていくためにも必要だ。それに30歳40歳になって親に頼るというのも何だか変だと想うだろう。その感覚は間違いではない。

なので経済的に自立するのは当然なのだが、自立するとしても「絶対に親に頼ってはいけない」わけではないのだ。むしろ今の時代は親に頼らないとやっていけない、出来たとしても不利・困難を極めることが多かったりする。

子育て

まず一つ目は子育てだ。子育ては親や親戚を頼ったほうがいいし、頼らないと夫婦がうまくいかなくなる例もある。

例えば私の友人には親が近くに住んでいる人がいるが、近くに親がいるので子供を預けてちょっとした用事に出かけられる。ストレス発散のランチや飲み会にも行けるし、場合によっては仕事も続けることができる。もし親を頼らなければ、育児ノイローゼになっていたかもしれない。

他にも20代で3人もの子供を育てている友人は実家に住んでなんとか生活できていた。3人の子供を育てるとなるとかなりのお金が必要になるが、若い内の収入はさほど多くない。そんな中で実家に暮らして親に支援してもらうことで、3人の子供を育てることが出来ているわけだ。

子育ては経済的・時間的にも親に頼るというのは非常に重要になるので、遠慮すべきではない。

家を持つ

2つ目の事例は家だ。自立して最初に一人暮らしをすると賃貸だろうが、30歳前後くらいで持ち家を持とうとするだろう。持ち家を買う時に親の支援があるかないかで、毎日の生活、キャリア、将来が変わってくる。

ある友人は持ち家を買う時に、親に全額払ってもらった。親がお金を払ってくれたので、家賃はゼロだ。もちろん固定資産税は払うのだが、それを払ったとしても月額3万円程度のもので、負担はかなり軽い。こうなれば支払わなければならない金額が少ないので、仕事を辞めて転職するという選択肢も選びやすくなる。奥さんがバイトに出ないと子育てが苦しいという状況にもなりにくいので、奥さんも好きなことができる。

一方の全額自分の資金で購入した友人は頭金を貯金で支払い、残りを35年ローンで購入した。35年もの間、毎月かなりの金額を支払わないといけない。もちろん毎月の支払いで余裕はなく、奥さんは子育てもそこそこに働きに行かないと行けない状況だ。パートでは保育園の費用で消えてしまうので、できるだけ高い収入の仕事でなければならない。

家を持つ時に親に頼れるかどうかでその人、配偶者、子供の未来までも変わってしまうと言っても間違いないだろう。

持っているものは最大限活かすべき

私はライフネット生命の出口さんを尊敬しているので、出口さんがよく言う「社会人になったら、すぐに家から出すべき」という話を素直に受け入れた。そして自分が実家を出て一人暮らしをしていたわけだ。もちろん一人暮らしにもメリットはある。彼女を家に呼んだり、自由に過ごせる。

とは言え経済的に見れば、実家に住みながら働いているサラリーマンの友人とだいぶ差をつけられているなと思った。私は家賃・水光熱費・生活費で貯金はゼロに等しいのだが、友人は貯金に保険の積み立てなども行っていて、かなり貯蓄には差が出ている。

経済的に自立するのは確かに重要ではあるが、使えるものは親でも使ったほうが絶対にいい。これは10年ほど過ごしてきて、色々な友人を見てきた私の個人的な感想だからアドバイスからはほと遠いかもしれない。しかし十人十色、様々な人生模様があるという点を押さえておいてほしい。

もちろん親がいない人、実家が経済的には頼れない人も多いだろう。だから経済的に恵まれている人は、それをうまく利活用することで、さらに社会に貢献する義務があるのだと私は考えている。