ナイスミドルになりたい

松本孝行が思っていること、考えたことなどを書きます。アゴラや自社サイトにかけないだろうなーっていう話題がメインです。

理不尽な体育教師とおかしな体育の評価点の思い出

体育に関する話が盛り上がっていたようだが、私も結構体育に関する思い出はある。体育教師と体育の評価に関する話だ。この2つは未だに覚えているな。

togetter.com

一つ目の体育教師に関する話だが、剣道部の顧問だった慎重は低いがかなり理不尽に怒ったり怖い先生がいた。組体操の練習の時に、うまくいかないと太鼓のバチを投げてくるような人だ。チョークなんか目じゃない(笑)そんな教師だったが、彼がいる事によってかなり母校は治安が維持されていた。

その後私が大学に行ったくらいの時に、彼が違う学校に変わったと聞いた。そして私の母校が地元で最も荒れていると言われるようになったのだ。私がいた時は全然荒れていなかったので、驚きだ。まぁ不良の友人はいたが、学校に来ていなかったので荒れていないように見えていただけかも知れないが(つまり学校が不良を排除して、みかけだけ学校をよく見せていた)。

ある意味でこういう怖い教師・理不尽な体育教師というのは私のような真面目だった生徒にしてみれば、迷惑でしかないが学校全体の治安維持や不良の生徒を押さえつけるという意味では有効だったのだろうと思う。あの頃は女性もウーマンリブの時代だったのか、女性教師もかなりきつい人が多かったのを覚えている。だから私は尊敬している教師がいないのかもしれない(笑)

さてもう一つが体育の評価に関する話だ。私は体重が90キロくらいあるので、見た目明らかに動けないデブだ。ただ、バレー部に所属しキャプテンをしていたこともあるし、水泳は数年間スイミングスクールに通ってすべての種目が泳げるようになっている。

で、夏の体育がバレーと水泳だったのだ。「おお、これは10段階で10がとれるぞ!」と思ったのだが、蓋を開けてみたら10段階で7だった。これはたぶん見た目に影響されたのだろうと思う。もしくはすでに運動神経がいい野球部・サッカー部の人たちで、上を決めてしまっていたのかもしれない。水泳とバレーという得意分野2つが重なっても7しか与えてくれなかったということにショックと怒りを覚えていた。

まぁ体育に関してなんていい思い出なんか全くないし、何も教わったとは思っていない。尊敬している先生は1人いるが、その先生も最終的には体育教師をやめて養護学校の教師になったくらいだから、そもそも心優しい優れた人だったのだと思う。一般的にネット上で言われている体育教師から学べることなんて無いだろう。

もっと言えば私はすべての教師から何か有益なことを学んだとは思ったことはない。ただ、塾と大学だけは別だ。塾の先生は尊敬できる人が多かったし、大学の先生には経営や企業というものを教わったので非常に感謝している。たまたま私がなんとも思わない教師ばかりだったのかもしれないが、他の人にしてみたら感謝する教師も多いのではなかろうか。

だから体育教師から何も学ばなかったとは言うが、学んで感謝している人もきっといるんじゃなかろうか。特に不良だった人なんてそうじゃないのかな?