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ナイスミドルになりたい

松本孝行が思っていること、考えたことなどを書きます。アゴラや自社サイトにかけないだろうなーっていう話題がメインです。

綺麗どころという役割を果たしている女性は何を思っているのだろう

朝まで生テレビを見ていたのだが、まだまだ政治・経済の中心は日本の場合男性ばかりだ。男性でも最近は比較的若い人も増えてきたようで、政治家の方も40代・50代くらいの働き盛りの方々が出てきている。

そんな中、2,3人の女性が呼ばれて出ているわけだ。男性8に女性2程度しか出ていない・出演していない状況だ。ということは、この女性たちの役割ははっきり言えば「綺麗どころ」というわけだ。おじさんばかりでは絵面が悪い、だから綺麗どころを入れておけば画面が華やかになるという考えだろう。

もちろん女性がゼロだと抗議があったりするのかもしれないが、2,3人入っているだけでは圧倒的に男性優位だ。男性優位だし女性の意見は通りにくい。しかも女性を呼ぶにしても、明らかに容姿端麗な女性が呼ばれるところを見ると、上述している「綺麗どころ」としての役割を期待されていると考えざるを得ない。

彼女たちは一体こういった役割を期待されていることをどう考えているのだろうか。何を考えて出演しているのだろうか、すごく気になる。決して優れた意見、切り口の鋭い考え方を披露することを期待されていないかもしれない、そんな役割をどう捉えているのだろうか。

これは朝生だけの問題にとどまるわけではなく、一般的な日本社会で度々みられることだ。例えばおじさん管理職が中心の職場で飲み会が開かれ、女性一般職やアルバイト・パートの人たちが呼ばれる。これはおじさんばかりだと面白く無いから、女性性つまり華を求めて呼ばれている。そのため、お酌したりおじさんのつまらない下ネタに付き合って愛想笑いしたりすることを要求される。決して会社の複雑な人事や営業戦略に対して意見交換をしたいわけではない。

こういう場所で女性がでしゃばったりすると、逆に鼻つまみ者になったりする。こういうところに「女性として場に華をそえること」を期待されて呼ばれているOLたちは一体何を思っているのだろうか。

 

朝まで生テレビも先日の女性ばかりの会はなかなか面白かった。女性ばかりの会や女性と男性の比率を5対5にしたような、そんな回があってもいいのではなかろうか。