ナイスミドルになりたい

松本孝行が思っていること、考えたことなどを書きます。アゴラや自社サイトにかけないだろうなーっていう話題がメインです。

解雇規制緩和は既存の枠組みから出た、ゼロベースでの議論ができる人でないと意味がわからない

先日も紹介したアゴラで書いた解雇規制緩和についての話だが、Yahoo!にも転載されたようだ。

headlines.yahoo.co.jp

Yahoo!にも転載されると、幅広い人に見てもらえる可能性が高くなるわけだが、この解雇規制緩和について私に意見をしてきた方や、ニュースにTwitterFacebookでコメントしている人の中には既存の枠組みを取り外した議論というのができない人が多いのだなぁと感じた。

解雇規制緩和議論は既存の枠組みを変える議論

既存の枠組みを取り外した議論ができない、というのは例えば下記のようなものだ。

  • 日本の採用⇒研修⇒配置換えの仕組みを知らんのか?
  • 労働組合は反対しているんだから労働者に不利益だ!
  • IBMのマネジメントが下手くそなだけ
  • ちゃんと手順を踏んで解雇すれば問題ない

Twitterで検索した結果であるが、上記のような意見があった。上記の意見で特徴的なのは既存の枠組みで行動することを前提に書かれているという点だ。つまり法律を変えない、仕組みを変えない中でどうやって行動すればいいか?ということを考えた結果の意見なのだろう。

しかし残念ながら解雇規制緩和をすべき、と言っている私やそれ以外にも著名な方々がおっしゃっているのは、そもそもの枠組みを変えるという話だ。法律を変えて仕組みを変えるべきだという話をしている。

つまりまったくこれらの意見と言うのは噛み合っていない。片方は「今できることはなんだろう?」と考えており、一方は「今できないことをできるようにしよう」と考えている。例えるならフランス革命以前の圧政を受けて「この政治の中でできることはなんだろう」と考えているか、「王政を打倒して民主主義を!」と考えているかの違いがある

枠組み・仕組みを変えられないというのも仕方ない

よくコンサルタントの基本としてゼロベースで考えるというものがある。何らかの前提を置いて考えるのではなく、何も前提がない状態でベストの解決策を考えるというものだ。コンサルティングを何らか行っている人は当たり前に行えるだろうが、そうでない人のほうが多い。

そもそも日本というのは憲法もずっと変わってきていないし、戦後から70年の間、ずっと平和で何らかの大きな変化というのはほとんどなかった。消費税ができるなど、国民が望んでいないけれども仕方なく変化したものはあるが、国民が望んで変化させたということ経験がほとんどない。

だからたぶん、上記の解雇規制緩和について議論をしても、そもそも法律を変えて金銭解雇をできるようにしたら~…という考え方というのができないのだと思う。自分たちが求めても新しい仕組みづくりは無理だし、ゼロベースで考えたところでそれが実行されることはない、と諦めてしまっているのかもしれない。

少なくとも自分のことはゼロベースで考えるべき

まぁ政策や立法に関して、ゼロベースで考えることができないとか、今の前提から離れた所から考えることができないというのは、そこまで大きな問題ではない。しかしもし自分の生活や人生についても、今の前提を離れて考えられないのであれば、それは危険である。

もちろん今の前提・枠組みから考えて、そこから離れられないのはある程度しかたない。給与や生活水準、仕事への責任感や周りへの配慮などもあるのはわかる。しかしこの状態が極限まで行くと過労死までつながってしまう。本当なら給与が減っても生活水準が落ちても、はたまた仕事をほうり出してでも自分の命は守るべきものだが、それが既存の前提・枠組みによって見えなくなってしまっているのだ。

下記のブログもまさにそうで、確かに雇用改革や働き方改革が大事なのは重要で、私もそこには賛成だ。しかしそれは全体最適であって、個々人の人生で重要なのは自分自身がいかに幸せか?いかに生きるか?でしかない。だからもっとエゴイズムを出して、自分の幸せを追求するためにも、一旦前提としている考え方を外して考えた方がいいと思う。

共働き世帯の理想と現実 ―忍び寄る「男性稼ぎ手モデル」の影― - あなたとあなたの話がしたい

いやまさにおっしゃるとおりなんだけど、その雇用改革・働き方改革という全体最適を待ってる暇なんてないで。個々人は自分にとっての最適目指せばええねん。転職含め自分と奥さんの最適を目指しなよ。

2017/05/07 13:49

b.hatena.ne.jp

個人的な体験として、私自身も「こうでなければならない」という正義感を持った若い時代があったが、今はそういった枠組み・前提は捨てた。そのおかげでだいぶ柔軟に考えることができ、それで生きるのが楽になっているのは間違いない。

政策論についてゼロベースで考えられないのは仕方ないが、せめて自分たちの生活・人生についてだけでも前提や既存の枠組みを取っ払って「本当の幸せとは?」を考えられるようにした方がいいと思う。