ナイスミドルになりたい~松本孝行のブログ~

教育とか雇用とかの社会問題、後は趣味のマンガを中心にしたテーマで書いてます。アゴラや自社サイトにかけないだろうなーっていう話題がメインです。

【感想文】事件を起こす企業の理念は「人間の行動」を規定するものが多いのか?

常見さんの新書。働き方改革電通の過労死事件など、残業や働き方について分析・語っている本書。常見さんは物事に確定的な結論を出さず、抽象的ではあるけれども慎重に考えておられる印象が多い。

この本、最後の「おわりに」が最も読み応えがあると言うか、熱を感じる部分だ。著者の現在の状況、働き方、生活、子育て、介護など眼の前にある現実に向き合おうとしている、そんな熱を感じる。

そんな「おわりに」が一番ぐっとくる本書だが、電通ワタミリクルートなどいわゆる「ブラック企業」と言われたことのある企業の理念が紹介されている。この理念を見ていると、どうも人間の行動を規定するようなものが多いような印象だ

最も有名な経営理念、J&Jの我が信条と比較する

なぜこのように感じたのか?というと、経営理念で最も有名なジョンソンアンドジョンソンの「我が信条」と比べてみたからだ。経営理念として最も有名で象徴的・ベンチマークにされるJ&Jの我が信条は下記のURLから読んでほしい。

www.jnj.co.jp

では本書で紹介されているワタミの経営理念はといえば、今では撤回されてなくなったが2013年まで使われていたのが

24時間365日死ぬまで働け

というものだ。

そして本書で取り上げられているリクルートの理念で、これまた今は撤回されたものが

自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ

だ。

そして第4章で紹介されている「電通鬼十則」のうち最も有名で、過労死事件以降取りさげられたものが

取組んだら放すな!殺されても放すな!目的を完遂するまでは…

となっている。

社会人の行動を規定されるのは正しいのか?

さて、経営理念について学んだ人ならこれを見たら違和感を感じるだろう。そう、これらは経営理念ではなく行動指針なのだ。もちろんこれらはワタミ以外「経営理念だ!」とは言っていないので、行動指針を経営理念と言っているから間違いだという指摘は当たらないだろう。

しかし組織としてそのような行動指針を立てるというのは正しいことなのだろうか?経営理念の話で言えば、ジョンソンアンドジョンソンの経営理念は「顧客のために行動する、従業員のために行動する、社会のために行動する、最後に株主のために行動する」ということを言っているだけだ。その行動内容について、細かく語ってはいない。

しかしワタミにしてもリクルートにしても電通にしても、仕事をするに当たって従業員はこのように行動すべきだというように規定している。死ぬまで働け、仕事は目的を果たすまで手放すな、自分を変化させろ…会社が従業員に「お前らはこうしろ!」と言っているわけだ。

これはもはや中学・高校の校則にそっくり

  • 髪の毛は眉毛の上まで、耳にかかってはいけない。
  • 女子の髪の毛は肩についたら、くくらなければならない。その際のゴムは黒もしくは茶とする。
  • 髪は染めてはいけない
  • 学ランの一番上のボタンは外してはいけない
  • 先生に会ったら大きな声でおはようございますと言う
  • 通学に自転車を使ってはいけない

などなど、みなさんが通った学校にもあったはずだ。これらの校則はブラック企業と言われた企業の行動指針はほぼこれに似ている。社会人になってまで、会社に行動や振る舞い方を指示されるのだ。それが正しい姿なのだろうか?20代30代という大人になってまで、会社に規定されて動くことが正しいビジネスマンの姿なのだろうか?

もちろんジョンソンアンドジョンソンも行動に制限がないとは言わない。しかしそれは法律や条例に違反したり、信義則違反をするような場合だけだろう。最低限の制限で理念を追求できればそれでOKと考えているはずだ。

真の働き方改革とは?

ブラック企業の多くはもしかするとこのように行動自体を規定しているのではなかろうか。どんな行動だろうと法律違反や信義則違反をしていない限り、結果を残せばそれでいいという考えではないだろう。結果を残してもその過程で教えたとおりしなければ、それは評価しないという企業は少なくない守破離で言う、守でなければならないと規定しているのだ。

本書は働き方改革についてかなり慎重に書かれているのだが、個人的に考える真の働き方改革というのは自由であることだと思う。自由であるというのは何でも許すのではなく、法律やコンプライアンス、相手の嫌がることをしないなどの最低限の制限はある。そして選択する自由もあると思う

例えばどういう風に働くかを選ぶ自由だ。フルタイムかパートタイムかを選ぶ自由、そして企業が決めたとおりに動くこと、もしくは自分で行動を決めて動く事、どちらかを選ぶ自由だ。人によっては言われたとおりのことをしている方が楽しい・自分に合うと考える人もいるわけで、そこは認められるべきだろう。そして逆に自分で決めたいという人の働き方も認められるべきだ。

こういった自由に自分の働き方を選べる(企業の言うとおりに動くという働き方も選べる)ことこそ、真の働き方改革ではないだろうか。そこから見れば、ワタミリクルート電通のなくなった行動指針・理念は「こうしなければならない」と行動を一つだけに縛っている。これでは生きづらい人が出てきて当然だろう。

 

常見さんの本は読む側にいろいろなことを考えさせてくれる。働き方に迷っている人は読んでみてはいかがだろうか。