ナイスミドルになりたい~松本孝行のブログ~

教育とか雇用とかの社会問題、後は趣味のマンガを中心にしたテーマで書いてます。アゴラや自社サイトにかけないだろうなーっていう話題がメインです。

なぜあなたは本を読んでも賢くならないのか

急にこんなことを言い出したのはまぁ理由があってですね、下記のようなツイートを見たからなんですよ。

水道橋博士がこんなことを書いていたのだけれども、どうも自分と違う意見の人に対しての反論としてもっと本を読もうみたいに返しているみたい。

本は読まないよりも読んだほうがいいと俺も思うけれども、本を読んだら賢くなるわけでもない。現に本をたくさん読んでいるけれども賢くないという人は山ほどいる。

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誰の本を読むか?どんな本を読むか?

まず本を読むと言っても誰の本を読むのか?フレーベル館アンパンマンに関する本を読むのか?それとも芸人さんの本を読むのか?学者の本を読むのか評論家の本を読むのか?それだけでも得られるものが全然違ってくる。

例えば保守と言われている人が書いた本を読めば、もちろん保守的なことが書かれている。革新と言われる人たちが書いた本には保守とは真反対のことが書かれている。城繁幸は解雇規制緩和を推進する主張を書いているが、労働組合に近い人が書く本は真逆のことが書かれている。

そしてどんな本を読むか?でも変わる。ビジネス書か学術書か小説かマンガか、何を読むかによっても変わってくる。ビジネス書にも当たり外れがある。結局、本をとりあえず何でも読んでいたら勉強になる、賢くなるというわけではない。

本をどう読むか?前提知識はあるか?

それでも本は数を読んだほうがいいし、漫画だって学べるものはたくさんある。私も大事なことは漫画からたくさん学んできた。が、人によっては私がすごく学べたという本を読んでも「なんで?何が学べたの?」と感じる人も多い。

なぜこのようなことが起こるか?といえば、その一つが前提知識だ。例えば大卒レベルの知識を持っている人がビジネス書を読む場合と中卒レベルの知識しかない人が読む場合、どちらが情報を多く・正しく得られるだろうか?もちろん大卒レベルの知識を持っている人のほうが情報を多く得られるし、正しく得られる。

例えばエセ科学系の本がある。水にありがとうと言えばきれいな結晶ができる、というようなものだ。これを「すごい!」と思うか「科学的にありえない」と思うかは、基礎的なリテラシーによって左右される。すなわち、同じ本を読んでも全く違う感想を持つことになるのだ。

また漢字が読めない、慣用句がわからない、グラフの読み方がわからないという人もいる。そういった人はいくら本を読んだところで基礎的な知識がないので、意味がないし賢くなんてならない。

ファクトすらも捻じ曲げるのに…

最近経営学の勉強会で「ファクトに基づいて経営すべき」というお話を聞いた。全くそのとおりなのだが、世の中にはこのファクトすらも捻じ曲げる人たちが存在する。いわゆる福島原発の事故で多くの死者が出ただとか、甲状腺がんの人が増えたというような噂を信じてしまう人たちがいる。

そしてそれらを丁寧に論証し、ファクトだけで話をしているとしても、それを理解せずに自分に都合よく捻じ曲げたり・無視したりする。結局、ファクトすらもその人達の前には無力なのだ。

なので「本を読めば賢くなる」っていうことは、その条件によるとしか言えないし、たとえ本を読んで賢くなったとしても、その人のイデオロギーの前には無意味なのだ。水道橋博士も本を読みましょうと言っているが、結局本を読んだところで水道橋博士と同じイデオロギーを持たない人とは相容れない。

まぁさすがにリアルではある程度みんな上手に付き合ってるとは思うけどね…