ナイスミドルになりたい~松本孝行のブログ~

教育とか雇用とかの社会問題、後は趣味のマンガを中心にしたテーマで書いてます。アゴラや自社サイトにかけないだろうなーっていう話題がメインです。

マッキンゼーというパワーワードが作り出す一般人との断絶

diamond.jp

どこでも誰とでも働ける」という本を出した方がトークセッションされた内容なのだが、まぁこういうのを読んでも「ぜんぜん違うところで生きている人だなぁ」としか思わない。というか、こういった人たちの話ってホント一般人に真似できないんだよね。

その一つがマッキンゼーというワード。もうすでにマッキンゼーというのは一つのブランドになっていて、その言葉が水戸黄門の印籠のようになっている。誰もが持てるものではなく、それを持った人間は特別な人間であるかのように。

ブランディングと断絶

上記の記事にはこのようなことが書かれている。

東京で0→1をいっぱい学べる場所はどこなんだろうと思っていたら、「マッキンゼーという会社がいろんな会社の0→1をやっているらしい」と聞いたので、面接で阪神・淡路大震災のボランティア体験を熱く語ったら、相手も情にほだされて、こんな人間でも受け入れてくれました。

これを真に受けて「あ、自分もできるかもしれない」なんて思ってはいけない。そもそも学生時代からビジネスバリバリやっていて、ボランティアに行くという行動力・実行力・ビジネス力を見出されたのだ。あなたにそれだけのバックグラウンドがあるだろうか?そんな経験をしたことがある人はほとんどいないはずだ。それだけマッキンゼーが採用してくれる人というのは雲の上の存在であり、我々一般人には関係がない。

おそらくトークセッションの記事を書いた人も「マッキンゼーというワードは強い引き・ブランド力がある」ということを知っているので、ワードをチラ見せする。それが著者のセルフブランディングになると考えており、それはそのとおりだと思う。マッキンゼーはそれだけのパワーワードだ。

しかしセルフブランディングの反面、マッキンゼーというパワーワードは我々一般庶民との間に深い谷底・断絶を作り出すということも事実だ。私も学生時代にマッキンゼーを受けたことがあるが、見事に落とされた。面接すら行けなかった。ここに入れる人はそれだけ「特別」なのだ

つまり「マッキンゼーにいたすごい人」という事実を表出すると「この人はすごい人なんだ!」と周りから思われるので、セルフブランディングとして高い効果を上げる。反面、この人のやっていることや言っていることをそのまま実行しても、一般庶民には真似できないということをはっきりと示してしまうことにもなる。

まさにマッキンゼーというワードは「痛し痒し」「ダブルミーニング」なわけだ。

選ばれた人間だけができる「自分らしい生き方」

似た話として、やまもといちろうさんがインタビューされていた「半年だけはたらく」を出された村上アシシ山の話も、まさに一般庶民には真似できない話だ。下記インタビューを読めばそれがわかると思う。

dot.asahi.com

著者は自分は優秀ではないとおっしゃっているが、東京理科大に入ってアクセンチュアに入れるのがどれだけ優秀なことか。一部の人間にしかできないことだ。ちなみにアクセンチュアも私は新卒時代に受験して、落ちている。大学卒業の時点で私にはこの方の言っていることを実行できないというわけだ。

とはいえ、この著者の方やダイヤモンドの記事の方を批判しているわけではないただ、そういう生き方というのは選ばれた人間にしかできないのだから「誰でもできるよ!」という幻想を振りまくのはやめてくれ。一般庶民を私が代表するのもおこがましいが、かなわない夢を見させるのはいいことなのか。

今も多くの方が好きでもない仕事に歯を食いしばって働いている。自分の生活のために、家族のために、子供のために。月々2~30万円の手取りで、やっと暮らせる給料で働いているのだ。そんな彼らの気持ちや立場を察した上で、提案してほしいと思う。

イケハヤさんはそれを意識して炎上目的でやったわけだが、悪気なくエリートにしかできない働き方を提案するのも、同等に罪深いのではなかろうか。

エリートではない我々の生き方

日本の99%の人たちはエリートではない。1億人1千万人以上、右を向いても左を向いてもいるのは「庶民」だ。私も含め、庶民が生きるためにはエリートな人たちとは違う生き方をしないといけない。彼らとは違う「楽しみ」「生きがい」を見つけなければいけない。

それが毎日家に帰って晩酌をしながら野球中継を見るのでもいいだろう。合コン三昧・キャバクラ三昧というのもいいし、子育てでもいい。趣味のアニメやマンガでもいいだろう。人それぞれの生き方がある。

エリートの方々のやっていることは素晴らしいことだ、続けてやっていってほしい。しかし気軽に「君もやってみなよ!」と能力も立場も違う庶民に投げかけるのは、誰も幸せにならないのでやめておいたほうがいいのではなかろうか。