ナイスミドルになりたい~松本孝行のブログ~

教育とか雇用とかの社会問題、後は趣味のマンガを中心にしたテーマで書いてます。アゴラや自社サイトにかけないだろうなーっていう話題がメインです。

自分の葬式に来てくれる人を人脈と呼ぶ

人脈ってなんだろう?

独立した個人事業主フリーランスの人、起業した人にとって人脈は非常に重要だ。なぜなら仕事は一人でできないからだ。誰かから仕入れ、誰かに売る。この単純な販売だけでも、2人の人・会社と付き合わなければできない。

というわけで人脈と言うのはビジネス上、絶対に必要なものであるが、人脈を作る上でよくあるのが「まったく意味のない人脈」というものだ。最近、私もFacebookの友達を整理したのだが、そのほとんどが1年以上交流のない人たちだった。いいねもないしコメントもない、もちろん電話・メール・LINEもないし、対面して会うこともなかった。そういう人を人脈というだろうか?

会社で作った人脈と個人の人脈は別

そういうまったく交流のない人でも、少し挨拶した程度でFacebookの友達にしていたこともあったので、運用を方向転換することにしたわけだ。

さて、人脈の話を意気揚々と語る人の中には「自分の人脈はこんなにすごいんだ!」と語る人がいる。

  • 「私の友達はグローバル企業でナンバーワンのエリートビジネスマンで…」
  • 「私の知人で有名上場企業の会長さんがいて…」
  • 「みなさんもご存知かもしれないですが、とある有名芸能人の方が…」

というような感じで語る。ちょっと聞いたくらいだと

「この人はあんなすごい人と知り合いなんだから、きっとすごい人なんだ」

と思う人が多いのではないかと思う。しかし残念ながらこういう人脈というのは「人」についていない。「会社」についているのだ

大企業社員は「名刺で仕事をする」と言われている。つまりその人の技量や能力に関係なく、大企業という信用で商品やサービスを売る。ここで大企業の商品やサービスを売るのは大企業の信用なのだから、代わりはある程度のことができれば誰でもいいのだ。だからこそ「企業の歯車」なんて言われたりもする。

何がいいたいかといえば、会社に所属して会社で作った人脈と言うのはあなたの人脈ではないということだ。もしあなたが会社を辞めたとしよう。そんな無職になったあなたと仲良くしたいという人はどのくらいいるだろうか?ほとんどの人は無職のあなたに価値を見出さないだろう。

会社に所属しているからこそ、価値があるのだ。

あなたの葬式に何人来てくれるか?

じゃあ会社の信用で知り合った人たちは人脈ではないのか?というとそうでもない。ビジネス上の人脈、現在の仕事をしている上での人脈としては使えるだろう。とは言え、その人達は会社をやめれば離れていく存在であるのも確かだ。

ではどういう人脈を作るべきか?といえば、それはあなたの葬式に来てくれる人を作るということだ。葬式に来るということは会社の後ろ盾もなく、一個人として付き合ってくれているということでもある。そういう人を本当の人脈と呼ぶのではなかろうか。

さてではあなたが今、人脈としている人たちを振り返ってみよう。SNSの友達やフォロワーを見返してみて、どの程度の人があなたの葬式に来てくれるだろうか?きっと来てくれる、そう確信できる人があなたの人脈だ。

はあちゅうさん以外もフリーランスなら絶対考えておきたい「肩書き」問題

はあちゅうさんってネット民に嫌われているのか知らないけれども、プチ炎上していた。いわくライターと周りから言われるのだけれども、自分はライターではないと反論したことに対して、「ライター枠だ」と吉田豪さんに言われたらしい。それに便乗して、はあちゅうさんに「ライターだろ」と言っているようだ。

togetter.com

で、こんな反論をされていた。

lineblog.me

私は別にはあちゅうさんの肩をもつわけじゃないけれども、フリーランスで働いている人は肩書について、絶対に考えておかないといけないことではないだろうか。

例えばプログラマーでプログラミング以外はすべて断っている、という人なら別に肩書きは「フリープログラマー」でいいかもしれない。しかしウェブサイト制作をしている人はデザインも、コーディングも、場合によってはバックエンドまで対応していたり、ウェブマスターをやっていたりもするだろう。

結果的にウェブ系の人ではあるのだが、ウェブデザイナーと言うとそレだけでは説明できない。コーダーでもなければライターでもないし、ウェブマスターと言ってもしっくり来ない。結果的にウェブ関係すべてを包括している人、という説明が最も最適と言えるだろう。

外部にはわかりやすい肩書きを。自分の職務領域は広く

はあちゅうさんだけでなく、他にもネットで有名な方は一つの仕事だけでなく、様々な仕事を稼ぎにしている。イケダハヤトさんはブロガーであるが、最近はブログ塾のようなものをしたり、ネットで優良コンテンツを配信するなど、ブロガー以外の活動も多い。なので彼がブロガーか?と言われるとその通りではあるが、それだけでは説明できない。

私も基本はウェブマーケティングをやっているのだが、対外的には「ウェブマーケティングってなに?」って話になりがちだ。で、「SEO対策やリスティング広告SNS広告などの運用や企画・提案してるよ~」と言えば、ウェブやIT業界の人たちにはわかってもらえる。しかしそれ以外の業界の人たちには「???」というような顔をされる。

なので対外的には「ホームページ制作の人」と言うような、ざっくばらんとした形で伝えている。これならわからない人はまずいない。でも実際にやっているのはウェブマーケティング系の仕事で、肩書とは全然違っているというわけだ。

フリーランスは諦めも肝心

結局、フリーランスで仕事をしていれば、こういった自分の認識と相手の認識が異なることは起こりがちだろう。別にはあちゅうさんだけではないはずだ。吉田豪さんも「プロインタビュアー」と言っているが、それは自分で考えている領域であって、周りからそう思われているかはまた別の問題だ。もちろん自分でプロインタビュアーと名乗るのは全然構わないのだが。

なのではあちゅうさんだけでなく、色々やっているフリーランスの我々は対外的に自分の仕事を説明するのは不可能だと思っている。特に営業や経理のような職務で分けられていないフリーランスの人は説明不可能だろう。だから対外的には「一般的にわかりやすい肩書き」を使うようにし、自分の仕事は別で設定しておけばいいのではなかろうか

で、仲の良い人にはしっかりと自分の仕事をわかってもらえるのだから、仲の良い人だけに「本当の肩書き」をわかってもらえればいいんじゃなかろうか。どちらかと言うと私はもう、人は理解したいように理解するものなのだから、諦めも肝心(笑)

「ヨドバシ梅田に辿り着けない」というネットならではのノリ

「なんでこんなこと言うんやろう?」と思っていたけれど、最近やっとわかった。これはネット上のノリだということに。2chにもたまにあった「押すなよ、絶対押すなよ」的なノリがヨドバシ梅田について言っていたのだなと。

togetter.com

梅田以外でも都市は迷いやすい

実際、梅田を使う人でヨドバシ梅田に行くのに迷う人というのはまずいない。どこか別のところから来た人や、初めて梅田に来たという人であれば迷う可能性はあるだろうが、それは梅田に限ったことではない。梅田以外にも新宿・渋谷でも迷う。

そう言えば関西人の私には新宿駅の都庁前バス乗り場に行くのにかなり手間取ったし、渋谷の出口を間違って目的地に行くのに徒歩1分のところが15分かかったりした。あと名古屋も名駅前のウェルビーに行くのに、近鉄の方から行ったらめちゃめちゃ時間かかった。さらに名駅の地下でトイレを探してなかなか見つからなかったのも覚えている。

つまりまぁどこでも都市部というのは慣れていないと、目的地に行くのは難しいのだ。なにもヨドバシ梅田に限ったことではないのだが、大阪だということもあってノリを楽しんでいるのだろうなぁと思う。例えば

  • 大阪の西成が修羅の街である

という話も同じようなものだろう。実際、西成も修羅の街と言われているのは一部だけで、最近はかなりキレイになったものだ。

ちょっとしたことを誇張して「こんなにも!」という遊びなのだと思う。その辺、何となく昔の2chを思い出して懐かしい気もする。今はどちらかというと、こういうノリであっても、「間違っている、デマだ!」「訂正しろ!謝罪しろ!」みたいな正義を振りかざす人ばかりのように思うので。

昔からのネットユーザーからすれば、微笑ましいことなのだろうなぁ。ま、そんな目くじら立てることではなく、みんなでこのノリに乗っていこうじゃないか。同じアホなら踊らにゃソンソン♪

リーダーが方針を決めなければいけないのはリソースに限りがあるから

ここ数日、アゴラで宮寺達也さんという方がビジネス系のコラムを書いておられた。事例を用いたもので大変リアリティがあって私は隅々まで目を通させていただいた。この3つの記事は非常にわかりやすく、ぜひ20代の若いビジネスマンの人たち・就活生にも見てもらいたいと思う。

agora-web.jp

agora-web.jp

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なぜ当たり前のことは方針足り得ないか?

さて、3つのエントリーを紹介したが、最後に紹介している「あたりまえ体操」で見抜くリーダーの資質では、なかなか興味深い指摘をされている。管理職や役員・社長が企業の方針について述べる時、当たり前のことしか言わない、という話だ。

「ライバル会社の3倍でPDCAサイクルを回す」や「不具合を減らしましょう」「新しい技術にチャレンジしましょう」などと言ったことを方針として喋っているという。一見するとすべて正論ではあるが、当たり前すぎて言わなくてもいいようなことばかりでもある。

なぜこういう当たり前のことが方針にならないのか?というと、企業経営にはリソースが限られているためだ。PDCAサイクルを早く回す、不具合を減らす、新しい技術にチャレンジする、みんなやったほうがいいことではあるが、全てを並行してこなしていくことはできないのだ。

例えば、ある業務システムを販売しているA社とB社がいるとしよう。A社は従業員5人の大阪の企業だ。対するB社は従業員200名で東京に構えている企業だ。さて、似たような業務システムを販売している2つの会社だが、同じように営業方針を立てるだろうか?まず絶対営業方針は変わってくるだろう。

それはリソースが違うためで、5人で営業が回れるところは限られている。かつ大阪という場所で東京の顧客に営業をかけるのはコストがかかる。一方で東京に会社があれば、営業コストは安くなる。かつ200人も営業マンがいれば、効率を考えなくても全員でローラー作戦もできる。

何の変化を起こすのか?が方針になりうる

というように、リソースが限られているために何でもかんでもできないのだ。だからこそ必ず「これはやらない」と「これに注力する」というのを決めないと行けないのだ。リソースは有限であるため、それを最も効率良く使わないといけない。だからPDCAを3倍回すというのであれば、3倍回すためのリソースが必要なのだ。

3倍のPDCAを回すために、IT系のコストをドカンとかけるのか、人材を採用するのか、権限を現場に移動させるのか、会議を減らすのかなどなど「3倍に回すためにこれをやる!」というのが必要になる。当たり前のことをやるために、何らかの施策を行う必要がある。この何らかの変化こそが方針と成りうるのだ。

というわけで、当たり前のことをいくら言っても方針にならない。それを達成するために何をするのか、今までの何をどう変えるのかということが必要なのだ。

築地・豊洲の問題で思い出した串かつ松葉退去騒動

アゴラもおときたさんがいるっていうこともあって、結構築地・豊洲の問題が盛り上がった。宇佐美さんは前々から参戦してたし、ついに池田さんも参戦した。俺の投稿がきっかけになってたらいいなぁ。まぁ実際は報道で築地の汚染が出始めた体と思うけど(笑)

agora-web.jp

zasshi.news.yahoo.co.jp

大阪で起こった串かつ松葉退去騒動

この騒動を見ていてふと思い出したのが、串かつ松葉の退去騒動だ。阪神百貨店の近くにあった地下街のお店なのだが、立ち飲みできる串カツ屋としてすごく有名だった。ザ・大阪と言ったような感じだった。

ただ、この串かつ松葉は現在なくなっている。阪神百貨店が地下街のリニューアルをするということで、退去したのだ。ちなみにこれは松葉だけではなく、その近くにあったチケットショップも同じように退去している。

が、松葉はこれに異を唱えて反論をしていたのだ。急にどけと言うのはおかしい!というように。松葉のファンも多かったので、結構その意見にも賛同する人もいたが、結局退去した。そもそも松葉は他にも梅田に店舗を持っていて、そこはもっと広い場所で営業をしているのだ。

退去したくないとこの場所を死守しようとしたのは戦前からの契約で凄まじく安い金額で借りていたということが大きいようだ。一説には梅田の一等地を借りているのに5万円の賃貸料だったとも聞いたことがある。値上げしないで昔のままの値段だったので、この特別な契約を守りたかったのだろうと言われている。

大阪市は例外を許さなかった

最初は松葉がなくなるのは寂しいという人も多かったが、潮目が変わったのはチケットショップが出ていったくらいのときだろう。チケットショップは撤退したのに松葉だけが粘ろうとしたのを見て、支持が少なくなったように思う。

しかし大阪市はこの松葉の主張を一切聞かなかった。そして粛々と地下街のリニューアルを実行しているのだ。それについて、さほど異論反論を大阪市民や関西人が言っているのも聞かない。必要なリニューアルのためであると認められたということだろう。

このことからわかるのは、豊洲・築地の問題も「粘っても支持は得られない」ということだ。築地に固執する店も多いようだが、やはり老朽化と新しい施設を作ろうとする未来への推進力には勝てないだろう。それは松葉も同じで、どんなに懐かしい思い出があったとしても、都市部は発展の方が優先されるのだ。

築地・豊洲ブランドが衰退する前に

松葉は結局退去したのだが、その後に粘らなかったのは大きかった。もしそこで訴訟だデモだというようなことをしていれば、松葉ブランドに傷がついて他の店舗にも人が寄ってこなくなった可能性は高い。引き際を間違えなかったからこそ、今も松葉というブランドが輝いていると言える。ちなみに私も串かつといえば松葉をまず推薦している。新世界は少し遠いので(笑)

築地・豊洲についても今築地の汚染の問題が表に出てきている。豊洲はまったく問題がないのに汚染されているかのような風評が渦巻いている。これ以上この騒動が伸びてしまうと、築地に居ても汚染の風評被害を受けるし、豊洲に移転しても風評被害で売上が上がらなくなってしまうだろう。

結局困るのは卸売業者なのだ。東京都は困らないかも知れないが、中小・零細企業が多い店舗・卸業者のためにも、さっさと豊洲へ移転すべきだ。小池都知事はどう思っているのか知らないが、自分の名誉にも傷をつけないためにも移転に舵を切るべきだろう。

発達障害は「合理的配慮」が必要で残業できる環境が必要なのではない

ADHDの人は残業がなくなると仕事がなくなる、大変だ!みたいなエントリーが上がっていた。

menhera.jp

ネットでは当たり前のように使われるADHD発達障害という言葉だがなかなか世間的な認知度と言うのは高くない。まだまだ知られていないし、職場ではそういった発達障害を持つ人に対してどのように業務任せたらいいのかなどがわからない会社が多いだろう。

習ってもいないことなので当然であるが、上記のエントリーのように発達障害の方にすべて自主的に任せてはいけない。それこそこうやって無理やり残業してでも仕事を終わらせようとムリをさせることになる。これは労働者にとっても管理者にとっても会社にとってもよくない。

今日本の職場で発達障害の方々が働くために必要なのは「合理的配慮」というものだ

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健常者同士でも行われている合理的配慮

合理的配慮というのはまぁ名前はたいそうなものになっているが、その人の特性を知りましょうと言ったような内容だ。例えば過集中してしまいがちな人に対しては、90分で1度必ず休憩を取るようなルール作りをするなどだ。

上記のブログでやる気にムラがあるとなれば、そのやる気にムラがある中でもできるような配慮が望まれる。例えば時給は低くして歩合制を上に乗っけるとか、働く時間を午後から夜にするとか、やり方は様々ある。合理的配慮がされている職場は障害を持つ人にも健常者にも働きやすい。

実はこの配慮という面で見れば、障害のない健常者同士でも行われている。例えばA課長はパワーポイントよりもエクセルが好きだから、ということでエクセルで資料を作ることがないだろうか?また、紙ベースで日報を出力したほうが好きな上司にはメールではなく紙で報告するなどだ。

このように「この人はこういう人だからな」という前提の上で、その人に行動を合わせていることはよくあることだ。これを発達障害の方にも適用すればいいだけだ。さほど難しい話ではない。

残業を多くするとこだわりを持つ人は大変

残業がなくなるとADHDの人が大変というが、他にも発達障害の方はいて、サービス残業を認めてしまうと、他の発達障害の人たちが困る事になってしまうだろう

例えば自閉症スペクトラム(広汎性発達障害)の方には社会性の欠如という特徴がある。社会性、つまり社会的な常識というのが理解できないと言うものだ。葬式では大きな声で喋られないとか幸福な話はしないといった常識が理解できないというものだ。

こういった社会性が欠如している人は残業はダメという常識がない可能性がある。その場合には好き放題使用者が残業をさせることができたりもする。逆に残業が当たり前なら自分だけ帰ってしまい、周りから疎ましく思われるということも考えられるだろう。

もう一つ、自閉症スペクトラムの方の特徴としてこだわりが強いと言うものがある。一般的にはそれはもういいだろうという部分にもこだわるのだ。例えば掃除でもやり方が決まっていればその通りしなければダメだと思ったり、お弁当のひじきを1本1本数えてすべてのお弁当に同じ数のひじきを入れようとするなどの特性がある。

これも濃淡があるのだが、もしこだわりが強い人であれば自分の仕事が終わるまでずっと残業するだろう。場合によっては泊まり込みをしてまでやるかもしれない。帰っても持ち帰り残業をするかもしれないので、そのあたりのフォローも必要だ。

サービス残業は障害者も健常者も幸せにしない

まぁ上記の説明をしなくてもわかるとは思うけど、サービス残業なんて誰も幸せにしないんだよね。だから「障害者だから」っていうのではなく、その状況でも働ける会社を探した方がいいと思う。もっと大きな視点で言えば、社会はこういった方々も包摂して活躍できるような環境を整備しないとあかんよね。

環境整備の前にまずは発達障害を知り、発達障害を理解してもらうことが大事かもしれないなぁ…道のりは遠い。

プレミアムフライデーがなぜ問題なのか

国が手動する「プレミアムフライデー」が先日行われた。まぁ賛否両論あるわけだけども、実際に早めに帰れる人というのは数十人に一人程度であり、ほとんどの人には関係のないキャンペーンになりそうだ。

diamond.jp

私は個人事業主なので、全く関係ないのだが、このプレミアムフライデーでは迷惑を被る可能性もある。なぜ個人事業主が迷惑を被るのだろうか。

なんで大手企業は早く帰ることができる?

プレミアムフライデーは月末の金曜日に早く帰る、というキャンペーンなのだがほとんど大手企業ばかりしかキャンペーンに乗っかっていない。それは当然である、中小企業や個人事業主にはそんな余裕が無いからだ。

ではなぜ大手にはそんな余裕があるのか?というと、仕事を下請けに投げることができるからだ。もっとわかりやすく言えば自社で仕事を完結する必要がないのだ。

15時までに帰れなければいけないとなった場合、大手企業は提携している下請け企業に「月曜日中に納品してね」と言って帰る事ができるのだ。そういった大手からの受注を受けることが多い中小企業・個人事業主はと言うと、金曜日に早く帰ってしまうと、大手企業の納期である月曜日に間に合わなくなってしまう。

このように金曜日に下請けに投げればそのまま早く退社できる大手と、金曜日中にやってしまわなければ納期に間に合わない中小零細企業、という構図ができてしまうわけだ。

個人事業でもよくある月曜納期

この話は別に中小企業だけではなく、個人事業主にもよくあることだ。金曜日に仕事が来て「月曜朝までに納品してね」なんて言われることはよくある。まぁ人によっては断れるのだが、カツカツで仕事をしている人にしてみれば、それを断ってしまえば食い扶持がなくなってしまう。

なので無理して金曜日、それこそ土日を潰して仕事をして月曜日に間に合わせるということもあるだろう。結局、中小企業にしても個人事業にしても、プレミアムフライデーというのはありえないということがわかるだろう。

成果を指標にすれば労働時間短縮につながる

プレミアムフライデーというのは結局大手だけ恩恵を受けるものであり、当初の狙いとはかなりズレていることは間違いない。当初は残業せずに早く帰ってお金を使って経済を活性化してほしいという狙いがあったはずだ。

であればその狙いを達成させるためにどういう方策を取るべきか?といえば、成果を指標にする働き方を作ることだ。もちろん時間給による労働も並行しつつ、成果を指標にする働き方があれば良い。

成果を中心として考えれば、労働時間というものに縛られなくて済む。極端なことを言えば、1000個ネジを作ればいいなら早めに1000個作ってしまえばいい。時間あたりの生産性は上がり、かつ労働時間も短縮し休みも増えるだろう。このような働き方を認めればいいだけだ。

今のところこういった早めに済ませて会社を後にする、という働き方は認められないだろう。であれば、プレミアムフライデーの目指すべき目標も達成されないのではなかろうか。

ま、役所が色々言う割には自分たちのところが出来ていないのだから、今回はクールビズのように流行ることはなさそうな予感がする。

個人⇒法人⇒個人…個人成りしたワケとその方法について

 2017年2月いっぱいを持って、私が立ち上げた法人である「株式会社セカンドチャンス」が休業する。色んな人に心配させてしまったけれども、法人が休業するだけであって、私が死ぬわけではないのでご安心を(笑)

2008年の7月から個人事業として独立し、2016年に株式会社を設立、そして2017年に法人を休業させてまた個人事業、いわゆる個人成りすることになったわけだが、その理由とともに、個人成りの方法なんかもちょっと書いておこうかなと思う。

法人と個人では必要経費がだいぶ違う

法人を維持するための費用と言うのは、ハッキリ言えばさほど多くはない。だいたい自分の給料を押さえるなら、30万円もあれば十分だろう。月商ではなく、粗利でそのくらいあれば、少なくともウェブ制作などであれば事業ができるレベルだ。

例として社長の人件費を抜いた場合、どの程度の金額が必要かを計算してみよう。

  • 家賃:6万円
  • 水光熱費:1万円
  • 通信費(電話・ネット等):1万円
  • 社会保険料:2万5千円
  • 税理士:2万円
  • その他(交通費や雑費等):3万円

こんな感じだろう。だいたい上記で15万5千円必要だ。で、このうち家賃・水光熱費は自宅のものと考えれば6万円くらいが毎月の経費と言った所だろうか。家賃・水光熱費・生活費をあわせて20万円必要とすれば、人件費20万円+諸経費8万5千円の28万5千円くらいが必要というわけだ。なので、削りに削れば30万円くらい粗利があれば、OKということになる。

個人事業で削れるもの

では個人は?というと、この中から社会保険と税理士を削ることができる。もちろん売上が高い人や複雑な経理が必要な場合は社会保険も税理士も必要になるだろう。しかしウェブサイト制作のように大きな金額にならない場合は十分必要経費で青色申告していれば、無税にすることは可能だ。

なので4万5千円~5万円ほど個人だと削ることができるわけだ。加えて、結構たくさんの費用を経費とすることができるというのも、個人事業のいいところだ。極端なことを言えば、家賃半分だけでなく全額入れる人もいるし、10人で飲みに行った領収書を全額交際費としている人もいる。一人5000円なら5万円の経費を上乗せ可能だ。

もちろん税務調査が入れば経費として認められないという場合もあるが、数百万円程度の売上であれば、まず税務調査など入らない。なので結構多くの出費を経費にしている人が多いのだ。これが個人事業の方がサラリーマンより得といわれる所以だろう。

加えて法人の場合は法人税が赤字でも7万円前後必要になる。均等割りと言うものなのだが、これも個人だと削ることが可能だ。

法人休業の理由は売上減+無理な投資

うちの会社が休業する理由は大きく2つにある。

一つが売上減だ。そもそもこの法人化をしようと考えていたときにはだいたい25万円ほどの売上が毎月固定であった。そこに単発のウェブマーケティングだとかSEOだとかの仕事が入って、30万円ほど売上があった。なので「コレなら法人にしても十分やっていけるな」という考えがあった。

ただ、残念ながらこれが法人にしようと動いていたときには、すべてなくなってしまったのだ。仕事なんてずっと続く事自体ありえないわけで、サラリーマンのように考えてはいけない。私は25万円程度だが、知人は月額数十万円の継続取引がなくなった人もいる。

二つ目が無理な投資だ。元々会社には250万円の資金を投入してはじめた。資本金100万円は親・親戚からの借入、残り150万円は日本政策金融公庫から借りたものだ。で、この資金をアプリの企画・開発・プロモーションに突っ込んだのだ。大体半分くらい、100万円強は突っ込んだと思う。

結果として、そのアプリからの収入がないため全額赤字になってしまったわけだ。100万円以上が数ヶ月で溶けてしまった。それこそ、資本金と同じ額を投資したわけですから、非常にリスキーな投資になってしまった

もしこれがちゃんと定期収入がある中で行うならまた別だが、定期収入がゼロになったにも関わらず、大きな投資をしてしまったので個人成りも考えないといけなくなったわけだ。

個人成りは税務署に届け出を出すだけ

さて、個人成りするにいあった経緯は上記の通りなのだが、個人成りするのはめちゃくちゃ簡単だ。税務署に法人の異動届というのを出すだけだ。大阪だと大阪府税務署と大阪市税務署の2ヶ所だ。異動届も「大阪府 法人異動届」などで検索すればすぐに見つかる。

異動届には「休業」とか「休眠」という言葉はない。住所変更だとかの項目の下にその他があるか、もしくは空欄があるので「休業」という項目を作ればいい。そして休業する日付を書いて、後は代表者印を押して出せばOKだ。簡単なものなので、法人でイルことが厳しい方はぜひチャレンジしてみて欲しい。

もう一つ法人の青色申告の取り消しを届け出る必要があるのだが、こちらはもう一度法人にする予定がない人は放置でも構わない。放置していると法人の青色申告が使えなくなるというデメリットがあるのだが、法人をもう一度使わないなら意味がないので大丈夫だろう。

そして社会保険事務所社会保険適用事業所全喪を出す。これは休業後でなければ受け付けてくれないので、休業後に持って行こう。

あとは取引先などに休業のお知らせを出せばOKだ。以外に簡単にできるのだが、なかなかネット上にも情報が乏しいので、私の体験談も参考にして欲しい。ちなみに私が参考にしたサイトは下記のサイトだった。

個人成りでやること【手続き一覧】 | 経理の母さん奮闘記

個人成りしても私は元気です

というわけで、個人成りについての経緯とその方法について簡単に書いてみた。法人を維持できないくらいの売上しかないのは、経営者としては恥ずかしい限りだ。しかし私はどうも経営者に向いていないらしい。

よくよく考えれば経営者としては間違った行動ばかりしていると思う。例えば大阪のためにとイベントを行い、障害を持つ方々のためにと知人の施設を手伝い、デザイナー・コーダーに安くで仕事をお願いしないなどなど…経営者としてはダメな行動ばかりだ。

個人的にはそういう意味では個人成りしてよかったかなと思う。自分が法人代表には向いていないと分かったこともあり、法人化したのも間違ってはいなかったと思う。

ただ一つ言えることは個人成りしても私は別に死んだりしないので大丈夫です、ということだろうか(笑)