ナイスミドルになりたい~松本孝行のブログ~

教育とか雇用とかの社会問題、後は趣味のマンガを中心にしたテーマで書いてます。アゴラや自社サイトにかけないだろうなーっていう話題がメインです。

昭和的・平成的労働価値観からどうやって脱却するのか

きっかけは下記のブログだった。「そこそこ簡単で、それなりの給与と地位が約束される仕事」というのが日本になくなっているという話だった。特に製造業が衰退し、中国や東南アジアに生産拠点が移されていることで、「そこそこ簡単で、それなりの給料と地位が約束される仕事」がなくなったとのこと。

blog.tinect.jp

確かに説得力あるなと思う反面、別にそれは日本だけのことではなく、アメリカや欧州も同じだ。アメリカの場合はインドにIT系の仕事も取られたし、工場は同じく中国・東南アジアに取られていて、日本以上にダメージはでかい。欧州も経済発展によって工場を中国に移すなどしているところは多い。

現代の「そこそこ簡単で、それなりの給料と地位が約束される仕事」は?

最初に紹介した記事では、日本の製造業が衰退し工場で働いていた人たちはどこに行ったか?という問いに対し、このように書かれている。

では、かつて工場が吸収していた雇用は、どこへ行ったのだろうか?

それは、スーパーマーケット、コールセンター、介護事業などの、労働集約的なサービス業に吸収されたのである。

確かにそうかと思うが、実はそうではないようだ。私が以前書いた過去の記事を参考にしてみると、実はスーパー(小売)や介護、コールセンターなどよりも、事務作業の方に多くの人が向かっている。「東京のハローワークでは事務職の求人25,824件に対し、応募者が46,850人にのぼる。東京の例ではあるが、多くの労働者は事務職を目指すようになった

おそらくこの事務職こそが「そこそこ簡単で、それなりの給料と地位が約束される仕事」だと、昔は工場で働いていた労働者層には思われているのだろう。労働負荷はさほど高くはなく、むしろ一般事務や経理事務など、決算期などを除けば楽な方だろう。給料もそれなりだ。東京のハローワークでは事務職の正社員求人の平均給与は230,498円だそうだ。

t-matsumoto.hatenablog.com

ただ、残念ながら事務職を目指している人のおよそ半分は、希望の職にたどり着けない。なぜなら今や人手不足と言われている時代でも、事務職の有効求人倍率は1を下待っているのだ。多くの人は事務職ではなく、別の職につかなければならない。その時に介護やコールセンター、スーパーマーケットなどの職についているのだろう。

なぜ事務職以外が選ばれないのか?

事務職が「そこそこ簡単で、それなりの給料と地位が約束される仕事」だと認識されているというのは、私も理解できる。しかし逆に言えば、他の仕事はどうして「そこそこ簡単で、それなりの給料と地位が約束される仕事」と認識されていないのだろうか?

例えば有効求人倍率が15.21倍の「保安の仕事」は給料が最も安い(203,884円)。なのでそれなりの給料がもらえないために、人気がないのは理解ができる。だが、「事務的職業」(230,498円)より給料の高い「福祉関連の職業」(238,854円)や「輸送・機械運転の職業」(250,653円)、「建設・採掘の職業」(253,531円)はなぜ人気がないのか?

よくネット上では「給料を上げれば人が来る」と言うが、そんなのは嘘っぱちだ。給料が最も高い「管理的職業」(405,274円)は1.35倍と給料が最も高くても求職者よりも求人数のほうが上回っている。給料を上げれば人が来るわけじゃないのだ。

「そこそこ簡単で、それなりの給料と地位が約束される仕事」は分解すると条件が3つに分類される。

  • そこそこ簡単な仕事
  • それなりの給料の仕事
  • それなりの地位の仕事

この3つを満たしている仕事が少なくなった、ということだ。

「福祉関連の職業」(238,854円)、「輸送・機械運転の職業」(250,653円)、「建設・採掘の職業」(253,531円)の3つについてはそれなりの給料の仕事であることは間違いない。簡単かどうかと言われると一言では言えないが、大学卒などの学歴が必要なわけではないので難しくはないだろう。

一方の「管理的職業」(405,274円)は給料はそれなりどころか高い。そして地位もそれなりどころか高いだろう。ただ、簡単な仕事ではない。

この3つを満たす仕事は少なく、2つを満たす仕事は多くあるというのが現状だろう

それなりの地位とはなにか?

3つの条件の内、最も曖昧なものが「それなりの地位の仕事」だろう。これは一言では表せないのだが、おそらく自分自身の仕事への満足度のことだと考えるのが最も近いのではないだろうか。その昔、炭鉱労働者や工場労働者は社会からも必要とされていたし、社会を構成している自負を持っていたと思われるが、それが「それなりの地位」なのではないかと思う。

そこで、日本人の仕事の自負や満足度などに関して、労働白書で下記のような図を見つけた。

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仕事の満足度に関してのグラフだが、1984年をピークに下がっている。1984年~1987年に何が起きたかと言うと、象徴的な出来事がプラザ合意だ。固定相場であった日本円が変動相場制に切り替えられ、急速に円高に向かっていった。円高になれば、日本で作った商品を海外で販売した時に得られる金額が減少する。1年でドル円相場は半減したとされる。

つまりこのとき製造業がダメージを受けたわけだ。そうして、一気に多くの人たちが仕事のやりがいを始めとした、様々な指標が落ち込んでいる。日本のメインであった製造業がダメージを受けたときに、日本の仕事への満足度は落ちたのだ。最初に紹介した記事の言う通りだったのだ。

どうしてサービス業はそこそこの地位になれないの?

ただ、それでも疑問は残る。なぜ介護や小売、サービス業がそこそこの地位の仕事であると認識されなかったか?だ。給料が安いのは労働集約型だからだ。しかし最近は人手不足もあり、事務職よりも高い金額で正社員になれる仕事だ。給料が上回っていて、そんなに難しくない仕事でも、事務職より人気がないのはなぜなのか。

ここで見てみたいのがリスクモンスター株式会社が発表した第4回「就職したい業界ランキング」調査を見てみよう。1位から10位まで、下記の通りとなっている。

  1. 国家公務員
  2. 地方公務員
  3. JAL
  4. ANA
  5. 日清食品
  6. Google
  7. 森永乳業
  8. 明治
  9. ソニー
  10. 味の素

ここで見るべきはJALだろう。2019年3月卒業予定の学生なので、JALが破綻したときはだいたい中学生に入ったところくらいだろう。であれば、JALが破綻したことはなんとなくわかっていると思う。少なくとも就職活動の中でそれくらいは学ぶはずだ。

それでもANAよりもJALが上に来ているのだ。そして相変わらず1位2位ともに公務員だ。これに共通しているものはなんだろうか?それは将来への安定だろう。もちろんいつまでも安定しているということはないのだが、それでも少なくとも今の時点で最も安定しているものを選択しているといえる。

思えば過去に「そこそこの地位の仕事」で周りもリスペクトしていた職業も、将来安定していると思えるような仕事だった。炭鉱もそうだ。日本のメインエネルギーとなると思われていたし、石油に取って代わられるなんて誰も思っていなかっただろう。1980年台に製造業で働いていた人の中に、誰が中国・韓国が台頭してくると予想できただろうか?

加えてこのランキングを見ると、若い就活生も転職をする気はなさそうだ。一社で勤め上げられつ企業を上げている。つまり、安定というのはその企業にずっと勤め上げられる、40年勤められるところと考えているのだろう

サービス業は安定的に続けられる仕事?

翻って人気のない職業はどうだろうか?飲食系はすぐに潰れるし離職率も高い。給料もそこまで高くない。介護職も最初の給料は事務職よりも高くても、まだ将来の見通しが立ちにくい。採掘の仕事は今後も人気が出ることはないだろうし、輸送業のヤマト運輸なんて国と真っ向から対立しているため、JALのように助けてもらえることはないだろう。

そう考えれば、サービス業というのは安定しているとは言い難い。業界全体では安定しているとしても、1社で安定して40年勤め上げられると考えられる企業は乏しい。だからこそ人気がないし、製造業のように「そこそこ簡単で、それなりの給与と地位が約束される仕事」とみなされないのではなかろうか。

日本の職業教育は正しかったか?

今までは職業の方をメインに考えてきたが、逆に労働者についても考えてみたい。破綻したJALや安定しているからという理由で公務員を選ぶ上記大学生を見て、職業教育は正しかったと言えるだろうか?

今の時代、安定している企業なんていう物自体がないはずだ。一つの企業に勤め上げる人は少なくなってきて、転職が増えてきている時代に、安定しているからという理由で就職先を決めるような状況は良いことなのだろうか?

一昔前ならそれでも良かっただろう。しかしそのような考え方では労働者の多くが路頭に迷う可能性がある。地銀や山一證券は潰れることはないと思っていたが潰れたのだ。JALもそうだ。国だってどうなるかわからない。そんな時に1980年台の働き方を目指す若者を作ってよいのだろうか?

その答えは「No」であることは明らかだ。日本は確実に職業教育に失敗してきている。

昭和的労働に未来はあるか?

私は別に大学生を批判しているんではない。大学生は現在において、合理的な判断を下しているだけだ。それ以上に我々大人、そして職業教育における日本のシステムが失敗していることを批判しているのだ。

今後日本の未来を背負う若者に昭和的労働(=一つの会社に定年までつとめあげる)が正しいと言えるのだろうか?私は正しいとは思わない。いい・悪いは別としても一つの会社に勤め上げるのではなく、良い会社に転職していくために、自分自身の軸となるスキルを身につける、そのような労働のほうが良いのではないかと思っている。

その一つが下記の記事だ。

note.mu

自社の宣伝も欠かしていないが、靴職人として神戸のど真ん中、地方都市で靴職人をされている方々が映し出されている。そう、彼らは靴職人として神戸だろうが大阪だろうが、それこそベトナムだってアメリカだってやっていけるスキルを身につけているのだ。こういったポータブルなスキルは若いうちからだって学べるはずだ。

翻って大学に通って卒業した若者を見てみよう、彼らになにかポータブルなスキルはあるだろうか?コミュニケーションが得意な人はいいだろう、営業はどこでもできるしマネージャーになることもできる。しかしそうではない、普通の人はどうすればいいのだろうか?大学を出た彼らは、一つの会社を勤め上げる道以外、選べないのだ。

これはもう完全に職業教育の失敗であるとしか言えない。彼らが高校生の時に職人としての力をつけておけば、彼らが大学の時に職業訓練を2年間受けていれば、事務職を目指さなくても良かったのだ。彼らは日本の失敗した職業教育の犠牲者になってしまったのではなかろうか。

昭和的・平成的労働からの脱却を

平成ももう終わろうという時代でも、若者が平成的・昭和的な労働価値観を持っているというのは良いことなのだろうか。一つの会社に勤め上げ、特別なスキルももたず、「そこそこ簡単で、それなりの給与と地位が約束される仕事」を求めてさまよう若者を生んだことは正しいのだろうか。

今年35歳になる私も、若者の今後を背負う人間でもある。どのみちを若者に勧めるべきか、考えねばならない。