ナイスミドルになりたい~松本孝行のブログ~

教育とか雇用とかの社会問題、後は趣味のマンガを中心にしたテーマで書いてます。アゴラや自社サイトにかけないだろうなーっていう話題がメインです。

頑張る方向性が違って、適材適所が重要では?

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気持ちはわかるし、多分この方はすごく優しい人なんだろうなと思う。頑張れなかった人、頑張ってもついていけなかった人が取り残されていく世界というのはどうなんだろう?優しい世界なのだろうか?という感じだろうか。

気持ちはわかるが、少し違うと思う。そもそも誰でも彼でもチャットワークやGoogleスプレッドシートをオンラインで編集できるようにする必要があるか?といえば、全くその必要はない。工場のラインで働いている人には必要ないし、本屋さんではたらく人、トラックドライバーなどにも必要がない。

頑張らなくても残れた時代の方が問題

少し前までの時代、昭和の時代ではこういったデジタルスキルが使えなくても特に問題はなかった。そろばんができればよかったし、電卓が出てきてもそろばんでも十分代用できた。タイプライターでなくても手書きでよかった。

つまりこういった新しい技術についていけなくても、十分働いていけた。十分働いていけた理由の一つは代替技術を使えなくても仕事ができたから。そしてもう一つがそういう人を雇用しておくだけの余裕が社会全体にあった、ということだ。どちらかというと、この後者の理由のほうが大きい。

窓際社員という言葉があったように、何もしなくても給料をもらうことはできた時代だ。そんな時代であれば、特に最新スキルを身につける必要はないし、そこについていかなかったとしても、雇用が確保されるわけだからやる必要性はない。それだけ余裕のあった時代でもある。

しかし今は違う。日本は世界でもトップランナー少子高齢化社会だし、経済成長率も他国を下回っている。経済的に厳しい状況では、どうしても効率が求められるし効率化できない人は取り残されてしまう。

一昔前と同じ働き方が通用するわけないのだ。外部環境が変わっているのだから。

余裕のない時代の働き方とは

では窓際社員を雇用して置けるだけの余裕がない現代、こんな時代の働き方としてはどういう働き方が正しいのか?

それが適材適所ではないだろうか。つまり自分の強みで戦うということだ。かの有名な格闘家は「競うな、持ち味を生かせ!」と言ったが、まさにそういうことだ

例えば自分はデジタルスキルにはついていけないとしよう。しかしそれ以上に運転スキルはすごく高くて、一度も事故を起こしたことない人がいる。そういう人は内勤でホワイトカラーの仕事をするよりも、ドライバーの仕事をしたほうが良いだろう。稼ぎたいなら長距離のドライバーでもいい。事故を起こさないドライビングスキルというのは貴重だ。

他にも接客術がうまいという人もいる。そういう人は接客業に向く。デジタルスキルについていく必要なんていない。デジタルスキルは苦手でも、細かい調整が得意という人もいるだろう。そういう人はデジタルスキルが使えなくても、ホワイトカラーとして引く手あまただろう。

結局、そういうデジタルスキルが使えるかどうか?はあまり問題ではない。問題なのは「同じ方向に同じようにみんなが進まないといけない」という幻想を持っていることだ。なぜ誰もがGoogleスプレッドシートを使えなければならないのか?なぜ誰もがSlackを使わなければならないのか?日本の労働者、約6000万人が同じ方向に努力する必要があるのか?

そんな必要はない、自分の得意な分野で戦えばいいだけだ。昭和・平成の時代はそれが許されなかった。みんながみんな、同じように進むしかなかった。しかし令和の時代は変わるのではないだろうか。